ほんとの気持ち
「ね、念のため…サクラさん…呼んでこようか…?」
まただ…。
ナルトはさっきまでの気持ちがなにか萎んでいくのを感じながら緩んでいた頬を引き締めると、まだ自分の髪に触れているヒナタの手をそっと掴んで振り向き、
そのままヒナタを抱き締めた。
「ナ!ナルトくん…っ!」
「ん…」
「あの…っ…あの…っ…」
「んー……こーしてたら…大丈夫だから…」
「…そ…そうなの…?」
「ウン」
「そっ…か…」
自分の身に頭を押しつけてじっとしているナルトに、ヒナタがそっと優しく触れてきた。
首の辺りから頭の後ろをそっと何度も優しく撫でてくれている。
『あったけェ…』
ナルトの気持ちがたちまち凪いだ。
『キモチが…ココロが落ち着くっつーか…こう…柔らけェし…ふかふかしてて……ふかふか…』
!!!!!!!
ぼんやりと考えながら更に顔を擦り付けようとしたナルトはビシリ!と固まり、ガッ!!と顔を上げた。
「?」
ヒナタが不思議そうに首を傾げて見下ろしている。
『やややややっぱり!!オオオオオレってばオレってばオレってばーーーっっっ!』
血が吹き出しているんじゃないかと思うくらい急速に盛大に顔が熱くなった。
ヒナタに抱きついているというよりは!!!
『ヒっ…ヒっ…ヒナタの…むっ…胸!!お、お、おっぱいに顔をーっ…!!!』
可能な限りそうっと動いているつもりだが、カクカクと変な動きになっているに違いない。ナルトはそっと腕を放し、そーっとそーっとヒナタから身を引いた。
「あ…あ…ありがと…」
あああ、ごにゃごにゃしていてちゃんと言えているのかどうか…
「…もういいの?」
ヒナタは穏やかな様子のままそっと聞いてくれた。
「ウン…ダイジョブ…」
「そっか…なら良かった…」
ふわん…とまた小さな花束のように笑ってくれた。
「んと…んと…あのさ…ありがと…座って?」
「うん、そうするね」
ヒナタはするりと移動すると先程の席につき、カップを持ち上げると、
「頂きます」
ココアをひとくち飲んで、ほわん…と微笑んだ。
『ききき、気づいてねェのかよ!ヒナタ!オレってば、オレってばさっきヒナタの胸に!!』
ゆっくりゆっくり、こくり…こくり…とココアを飲むヒナタを、手で半ば顔を隠して横目で見ながらナルトは密かに悶絶していた。
嗚呼…くらくらしてきて…また横になりたくなってきた…!
「あの…あの…あのな…」
「?…なにかな…?ナルトくん…」
そっとカップをテーブルに置いて話を聞こうとするヒナタに、ナルトはごちゃごちゃになった感情そのままの表情のまま、
「あのな、ヒナタがな、ヒナタが居てくれたらさ、オレは大丈夫だから。サクラちゃんをいちいち呼ぶ必要はねーんだからさ…覚えといてくれよな…?」
アア…ナンダコレ?イミフメージャネ…?
言いながら思う端から怪訝そうに寄せられるヒナタの眉に、ますます気が遠くなるというか、ゼツボーテキなキモチになるってゆーか。
「…私…医療忍術の心得は…ないよ…?ましてやサクラさんほどの医療忍者は…今や木の葉にすらほとんど居ないって言っても差し支えないと…思うけど…?」
『あああああ…!そうだよね!だけど!だから!そういうことが言いたいんじゃなくて…!』
うわわ!うわわ!と声にならない叫びで頭がいっぱいになっていてますます言葉が出てこない。
頭を抱えているのか顔を両手で覆っているのかわからないがとにかくナルトがテーブルに伏せてしまったのを、ヒナタは不安そうに首をかしげて見ていたが、そっと音もなく立ち上がるとナルトの横へ行き、
「…大丈夫…大丈夫だから…」
小さな声で囁きながら、そっとナルトの肩を抱いた。
「大丈夫…サクラさん呼んで来るからね…」
そっとそっと撫でてくれながら…
言い様のない気持ちでいっぱいになってしまったナルトは、ヒナタがそっと離れようとする気配を感じるやすぐさまガバッ!と身を起こし、ヒナタをしっかり引き寄せてぎゅっと抱き締めた。
ヒナタの肩に顔を埋め、拳を握って両腕でしっかりとヒナタを抱き締める。
「ヒナタ…!」
「は…はい…!」
「ヒナタ!」
「はい…!」
「オレと一緒の時に他のヤツの名前なんか出すな!」
怒っているようにも聞こえてヒナタが身を揺らすのを、ナルトは目をつぶって更に締め付けた。
『…違う!今のも違げーだろ!っ…くそ…』
ぎゅうぅ…
苦しいだろう、そう思ってそれから腕を緩めてヒナタの顔を見た。
ナルトの言葉に混乱してどうしてよいかわからず、ヒナタは眼に涙を浮かべている。
「ごめん…ヒナタ…オレは言うのに…ほんとにごめん…」
苦しそうな顔で謝ると、ヒナタも苦しそうに眉をひそめる。
ヒナタはやっぱりこんなときにも、自分の気持ちよりもこちらの気持ちに添おうとする。
「ヒナタ…」
ナルトはヒナタの手を引いてそのままヒナタと、すとんと床に座り込むと、またそっと抱き寄せた。
「オレは…考えなしに『サクラちゃん、サクラちゃん』て言うのに…ごめんな…」
ナルトの言葉にヒナタはふるふると首を振った。
「ナルトくんとサクラさんは仲がいいから…」
「ヒナタ、オレの口から『サクラちゃん』て出ると悲しそうだってばよ」
言い終えないうちにナルトに言われ、それに驚く間もなくその内容を知って、ヒナタはさすがに固まってしまった。
ヒナタが泣かないように、泣く前に、ナルトは両手でヒナタの頬を包み込んだ。
「ヒナタ…オレに『サクラちゃん』て言うときなんだか苦しそうだってばよ…ヒナタにそんな思い…させて…なのに…オレは…」
意味をはかりかねてヒナタの眼が不安げに揺れる。
「ヒナタのほうが大事だ。オレにはヒナタのほうが大切なんだ」
不安げな色はまだ消えない。
「…好きだ…ヒナタ…」
苦しそうな顔で絞り出すように言ってしまう…不安を取り除きたいのに…不安が増すような言い方になってしまった…
「ヒナタが好きだ…オレが好きなのはヒナタで、サクラちゃんじゃねェよ…?」
今度は囁き声になってしまう。
ぽろり。
ヒナタの眼から涙が溢れた。
ぽろり。
また一つ溢れる。
宝石のような眼から溢れるからだろうか、涙も宝石みたいだ…そんなことをぼんやり思っていたら後から後からぽろぽろと溢れだした。ナルトは慌ててそこらじゅうを見回したが何も持っていないことに気づくと、指先でヒナタの涙をぬぐい始めた。
「オレ…オレ…何度も言おうとしてたのに…遅くなっちまって…ほんとにごめん…」
後から後から溢れてくるから、次から次にぬぐわなければならない。ナルトの指の動きがぎこちなくて下手くそでヒナタの顔がべしょべしょになっていく。
「ごめん…ごめんな…ヒナタ…好きだ…大好きだ…ヒナタが好きだ…」
「ナルトく…」
「好きだ…ヒナタ…」
「ナ…」
ヒナタの涙は止まらない。ナルトは両手でヒナタの顔にかかる髪をそっとどけると、自分のTシャツで拭えばいい…というつもりでヒナタの顔をそっと自分の胸に寄せて抱き締めた。
「考えなしの…ひでェ男で…ごめんな…」
さっき自分がヒナタにしてもらって嬉しかったように、そっとやわらかく包み込むように腕を回した。
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