想い*ヒナタ
うるさいほどのナルトの気配がふっつりと途切れた瞬間、ヒナタは知らぬまに止めてしまっていた息をようやく、ほう…と吐き出した。
先程までは耳鳴りがしているようだったが、今度は自分の鼓動がうるさい。まるでせき止められていた血が一気に体内を駆け巡り始めたみたいだ…ヒナタは熱くなってゆく自分の頬を両の手で覆った。
ナルトが自分を探していることはすぐに気づいた。焦っているのかだんだん激しく、どんどん悲痛になっていく気配にヒナタの心臓は破裂しそうになっていたが…
どうしてもナルトの前に姿を表す気にはなれなかった。
『ごめんなさい…ナルトくん…』
突然気配が消え去ったことも気掛かりではあるが、
『ごめんなさい…本当にごめんなさい…』
ヒナタはきゅっと唇を噛み締めた。
『いつからこんな……私ったら…』
涙がこぼれるのが嫌で眼を閉じた。
ナルトの誕生日、振り絞った勇気をいなされるように軽く返されて凍りついてしまった。微かな希望が打ち消されたことは悲しかったけど、もうこれできっぱりと諦められると思った。
それなのに、会うたびに優しい眼差しと細やかな心遣いを向けてくれることがやはり嬉しくて…
『見ているだけで…良かったの…に…』
たった数日で、知らぬまに欲望が膨れ上がってしまっていた。
ナルトがサクラの名を口にする度に。
ナルトがサクラの話を嬉しそうにする度に。
心が重く固く強張ってしまう。
『私…私…ごめんなさい、ナルトくん…私ね…』
夕べのナルトの泣き顔を思い出す。側に居てあげたい。寄り添っていてあげたい。誰も居ないのなら、誰でもよいのなら、その役目を私がしてあげたい。
そう思って来たのに。
そうしてまたナルトが背筋を伸ばして朗らかな笑顔で足を踏み出す時には、前にはサクラが居てナルトを待っていて、自分はそこへ嬉しそうに駆け出していくナルトの背中を見ていられれば良かったはずだったのに。
『もう…側には居られない……』
彼の横に立つに相応しい強さが足りないより先に、今までとは違う身勝手な期待を抱きそれを捨て去ることが出来ないというあさましさで、その資格を失うことになるなんて…
『ナルトに…好きになってもらいたい…でしょ…!』
いのの声がよみがえる。
『あの時は…本当に…そこまで望んでなんかいなかっ…た…のに…!』
ヒナタは両手で顔を覆って、声もあげず涙も流さず、ひっそりと泣いた。
ナルトから逃れるためにそっとついてきていた一団が動く気配がしてヒナタは顔をあげた。賑やかな人々の側にいるほうが気配は消しやすい。さりげなく彼らと共に移動しようとしたヒナタの視界に、何かがひらりと横切った。
「?」
蝶?いや、花びらか?それとも色づいた紅葉か、
ヒナタはふらりとそれを追って人混みから外れた。
ひらりひらりと漂うそれを、同じ軽やかさでヒナタは追う。
中空をゆるりと舞っていたそれが不意の風にさらわれてヒナタの視線より高く上がった。思わず見上げて腕を伸ばしたヒナタの身体が風に包まれた…と思ったのに。
「…!」
「…捕まえた…」
風ではなくナルトの腕が、ヒナタを柔らかく捕らえていた。
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