想い*ナルト
どこにも…どこにもヒナタが居ない。
ナルトの呼吸がどんどん荒くなっていく。
走りづめだからではない。忍の足にも腰にも大して響きもしない程度の動きでしかないのに、胸の奥まできりきりと痛みはじめる。
『ヒナタぁーーー!!!』
往来のど真ん中で声に出さないまま思いきり叫んだ。叫び終えると足を止めて息をひそめて待っていたのに。
何の反応も返って来ず、ナルトはついに動くのを止めてしまった。
誰かがなにも考えずどこかに立て掛けた棒っきれのようにじっとしていたナルトは、やがてよろよろと動き出すと誰にも邪魔にならない場所まで移動し、そこに崩れるように座り込んでうずくまった。
涙も出ない。
もうきっと誰も自分を見つけることもないだろう。
ナルトはそのまま自分の気配をすべて殺した。
このまま石にでもなってしまえばいい…
やけくそなわけでなく、静かにそう思う。
これまでも機会はあったのに、キバに無理を言って変わってもらって作ったりまでしたのに、ことごとく逃してきたのは自分なのだ。
どうしてだろう…
確実に心に届く言葉をくれる彼女と違い、どうして自分は彼女へ何も伝えることが出来ないのだろう。
これまでずっと、頭に浮かんだことを反芻もせず口にしては叱られたり呆れられたり笑われたりしてきた。聞いて欲しいことや伝えたいことはたくさんあって、どう言ったらいいのかわからないままとにかく手当たり次第言葉にしてきた。「頭が悪い」「言い方がひどい」と言われながらも伝えてきたし、伝わるようになってきたと思う。それなのに…。
がむしゃらに。
思うままに。
思い付く限り、とにかく。
それが今、なぜ出来ない…
『ヒナタの前だからってかっこつけなくてもいいぜ!』
ふいにキバの言葉が浮かんだ。
あのときは深く考えもせず返事をしたが、ヒナタの前だからとかっこつけたことなどあっただろうか。
『どっちかっつーと…カッコ悪りィとこばっか…見られてるような…』
夕べだって真夜中に泣き出したりしていた。
そのまま、夕べのヒナタの気配を思い出す。
放っておくわけでなく、構うわけでもない。
『あんなの…初めて…だっ…た…』
よみがえってくる静かな時間。
ヒナタって変なヤツ!そう思ったのはなぜだったろうか。
自分と目が合えば顔を赤くしたり気絶していたからだと思い込んでいたが、ナルトはふと、ヒナタはいつもそっと見つめているだけで話しかけて来ようとしなかったからではないか?と気がついた。
そこに居てこちらを見ているのに、話しかけて来ないことが不思議でたまらなかったのだ。
長らく忌み嫌われてきたナルトにとって、誰も寄って来ず無視されていることが普通で、寄って来たとしてもそれは嫌なことをわざわざ言いに来る連中ばかりだった。
アカデミーを卒業し七班という居場所を得てからは、親しく誘われることも増えていったが、
『用もないのに…居てくれた人なんて…いたっけ…』
入院中の病室でもそうだった。
話しかけてくるわけではなく、世話を焼こうとするわけでもない。
いののように放っていても構わないと知らせてくることはないが、サクラのように相手をしてあげなければ不安がらせると必死になる必要もない。
ただ…
ただ静かに…
そこに居てくれる…
ヒナタはいつもこちらを見ていてくれた。なんの反応も見返りも求めずに、邪魔にならないように、そっと離れて。
だけど、どうしようもなく心が細く脆くなって折れてしまいそうになった時は、必ず駆けつけてくれるのだ。
ナルトの眼からほろほろと涙がこぼれた。
彼女はいつも居てくれた。そしてきっと今も本当はどこかで自分を気にしてくれていて、これから先も自分に何かあれば必ず来てくれるだろう。
『ヒナタ…』
その彼女が。
『居ない…来てくれない…応えてくれ…な…い…』
ほろほろ…ほろほろ…
ナルトの眼から涙がこぼれる。
眼を閉じるとぼろぼろと大粒の涙が落ちた。浮かんだ涙を落としきるようにぎゅっと固くつぶった後、ナルトは静かに眼を開いた。
眼の縁を彩る赤い色。
『…見つけた!』
ナルトはするりと立ち上がると、まるで煙のように静かに姿を消した。
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