花に例へて…
サクラの元から駆け出したナルトは、ヒナタを探して里中を駆け巡った。
息を潜め耳を澄ませ、ヒナタのチャクラを気配をとらえようと研ぎ澄ませてゆく。
『ヒナタ…ヒナタ…ヒナタ…!』
彼女を求めて、ナルトはひた走る。
見つけたらその側に駆け寄って、それから…その後はどうしよう。何も考えていないしまるで思いつかない。
でもどうしても今すぐ、ヒナタの顔が見たかった。
『どうして…どこにも居ねェんだよ…ヒナタ!』
夕べ月明かりの下、白い小袖の袂と緋袴の裾を風に揺らしてこちらを見ていたヒナタの眼差し。
淋しげに寄せられがちな眉と、深い慈愛の輝きを灯す白い眼。
閉じられた唇からではなく、優しく寄り添う気持ちに溢れた全身から届いてくる歌声。
『ヒナタ…ヒナタ…』
その名はもう自分にとって、祈りに等しい響きとなっている。
『ナルトくんの心が平穏でありますように』
日向ヒナタという存在。
くるりと向きを変えたナルトは物販の屋台へと走り出した。
「いの!」
「いらっしゃ…アラ!どしたの?ナルト」
駆け込んできたナルトの勢いに、いのが眼を丸くした。
「ヒナタ…知らないか?来てないか?」
思い詰めたようなナルトの眼に何か決意めいたものを感じ取ったいのは、唇に静かに微笑みを浮かべた。
「今日は見ていないわ。残念だけど」
わざとゆっくりめに丁寧に答えた。その言葉と言い方につられるように、ナルトはゆっくりと眼を伏せた。
がっかりしているというよりは悲しそうなナルトの様子に、いのはしばらく見守っていたが、お客が来てすぐに対応に追われてしまった。
うつ向いたナルトの視線の先には売り物の小さな花束があり、いのの手でいくつかが抜き取られ、整えられ、並びと角度を変えてゆく。
花束が傾きそうなくらい空きが出たので、別のバケツから補充をしながら、
「どうしたの?ヒナタに会わなきゃいけない用事でもあるの?」
いのは素っ気ないくらいにそっと聞いた。
「うん…出来れば…今すぐ…どうしても」
いのの手元を見ていたナルトの眼が、輝きを取り戻していく。
「ねぇ…?あんたこの間、女の子はみんな花みたいだ、って言ったわよね?」
いのが、花束の位置を整えたあと、指先で丁寧に花びらを整えながらまた聞いた。
「ウン…?」
「ふふっ♪」
ナルトの声に思わず笑ってしまったが、いのはすっと頭をあげてそのまましなやかに胸を反らしてまた聞いた。
「ねぇ?あたしはどんな花?」
「えっ?…うーんと…」
出し抜けに覚えてない発言を掘り返されたのに、グズグズ言ったりはしないですぐに問いについ考え始めたナルトに、いのは密かに笑う。
『お人好しっていうのか…「ほんとバカね」ってとこなのか…』
うんうん唸っていたナルトは、やがてぽつりと、
「クロッカス…?いや…竜胆…?」
ぼそぼそと答えた。
「へぇ…」
意外!と声をあげようとしていたいのは、思いがけない答えに言葉が出てこず小さく声をもらした。
「…どして?」
2つの花の共通は…?と思い描きながら問うと、ナルトは、
「んー…茎がすっとしてて、葉がいっぱいあって…花はてっぺんなんだけど…こう、つぼんでて…」
手で花の形を取りながらやはりぼそぼそと言う。
「ぱっと見たらすっとしててカッコいいんだけど、風に揺らぐし、花が目立つけど実は葉もちゃんとあって…でも花が…」
照れて下を向いたナルトが一度言葉を切り、
「キレイで花らしくて華やかなんだけど…控えめな感じで…押しつけがましく…ない…」
そう言って口をつぐんでしまった。
「…ありがと」
いのは心から感動してお礼を言った。
『そんな風に見てくれてたの…?本当に…嬉しい…』
父の顔がふと脳裏に浮かんで消えた。
『あたし…押しつけがましくないんだって…父さん…!』
消えかかっていく父の顔が微笑んだ気がした。
「ヤバイわ〜、もう!」
気分を変えるように明るい声を出したいのに、ナルトがはっと顔をあげた。
「や〜ね〜、ナルトったら!うっかり惚れちゃうかと思ったわ〜!やっぱソレ禁止ね!」
「へっ?」
「ふん!この天然タラシ!!」
きょとん?と不思議そうにしているナルトに、いのは大袈裟に睨んでみせてから朗らかに笑った。
「ねぇねぇ、ヒナタは?ヒナタはどうなの?」
なるべくからかうような明るい声を出して聞いてみた。
一瞬だがわずかに強張ったナルトは、緊張を逃すために息を吐くように、ゆっくりと話し出す。
「白い…白い花……木蓮…?…芙蓉…?…蓮…?…うーんと…」
次々とあげてはみるがどれもしっくり来ないらしい。いのの胸の奥がじんわりと暖かくなってきた。
ナルトはヒナタをなんと例えるだろう。とても知りたかった。でもその前に、
『ヒナタに…向き合うって決めたのね…!ヒナタのこと…ちゃんと考えて…くれるのね…?』
その事が嬉しくて踊り出したくなっていた。
だが、ナルトの思考はどんどん深刻に?なってきたのか、両手てぐじゃぐじゃと髪をかきむしり始めたので、いのは慌てて止めなきゃ!と思い、
「あ、あら!探さなくていいの?グズグズしてたらお祭り終わっちゃうわよ?!」
大きめに声をかけたら、ナルトはやっと手を止めて、
「あっ…あ!そうか!そうだな!ごめんな、いの。オレ行かなきゃ!」
何故だかいのに謝った。
いのはプッと吹き出してしまったが、
「ギリギリまでお店やってるから。また絶対寄って頂戴?」
ウインクしながらそう言うと、ナルトはやっと笑った。
駆け出そうとしたナルトに、どうしても我慢が出来なくていのは咄嗟に聞いてしまった。
「ねえ!サクラは?サクラはどんな花なの?」
あんたにとって…という部分は辛うじて飲み込んだ。
ヒナタを探そうときゅっと前を向いていたナルトが、ぼんやりとした眼差しで半端に振り返り、
「サクラちゃ…ん…?!」
と少し高い声で答えたので、
「ごめんね、引き留めたりして!行って!そして絶対見つけて!ヒナタを!」
いのは言葉でナルトの背を押した。
「オウ!」
力強く腕をあげて応えたナルトは、すぐに見えなくなった。
『ヒナタ…!受け止めてね…!ナルトの気持ちを…!』
いのは確信していた。
ナルトはヒナタを選んだのだと。
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