サクラの決意
「ナルト…」
サクラの声にナルトは、ハッ!と顔をあげた。
「あのね、悪いんだけど、アタシ結構一人で居るの大丈夫なのよ?」
サクラはいつもよりもっと姉さんぶってそう言った。動揺しているナルトはいつもより子供っぽい様子でぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「だから!アタシわりと一人で平気なのよ。だからアンタは他をもう探しなさい?」
「えっ…」
ナルトが突き放された子供のような顔をしたので、サクラは思わずその手を取りたくなったが、ぎゅっと堪えた。
「だから…」
その代わりに…とサクラはナルトの頬へ手を伸ばした。
「アタシがさみしくないように、じゃなくて、アンタがさみしくならないための相手を誘いなさい?」
サクラはにっこりと笑った。伸ばした手で頬を撫でてやろうかと思ったがそれはやめて、
「…アンタが、自分が一緒にいて欲しい相手を…誘いなさい!」
そう言って額を軽くペチン!と叩いて笑った。
ナルトが泣きそうな顔をしてサクラを見詰めているので、サクラは更に朗らかに笑った。
「いつまでもアタシのことばっかり構ってないで、もういい加減自分のこと構いなさい?」
「…サクラちゃん…オレ…」
「あのね、ナルト…」
怯えたような眼をするナルトに、サクラは泣きそうになるのをぐっと堪えて笑いながら、言い聞かせるように話そうとつとめた。
「アンタがアンタのいいように過ごしたって、誰もアンタを咎めないのよ。してあげるばっかりじゃなくて、して欲しいこと、本当に欲しいものに向かって手を伸ばしてもいいの」
ナルトの眼の奥に涙が湧きはじめたのが見えた。
「もういいのよ、ナルト。誰もアンタを酷い奴なんて言わない。冷たい奴だなんて言わないんだから、本当に欲しいものを手に入れて…本当に幸せになって」
ナルトが眼を閉じると涙が一粒こぼれ落ちた。
「オレ…オレは…」
「…もう!」
サクラは背伸びをすると一度だけナルトの耳をつねりあげた。
「フギャアア!」
「いーかげんにして!」
違う意味の涙眼になって耳を押さえたナルトがサクラを見た。
さっきまで優しかったサクラが激しく怒りを露にしている。
「アンタがホントに好きなのは誰?!アタシなんかよりもっともっと好きなのは誰?!それなのに、アタシのせいでその子の手を掴み損ねる、なんての、やめてよね!」
怯むナルトを睨み付けたまま、サクラは続けた。
「他に好きな女が居る奴に優しくされなきゃなんないほど、アタシは落ちぶれちゃいないわ!」
そしてプイッと背を向けた。
「バカみたい…勘違いしてた…」
「サクラちゃん…」
「ナルトはまだアタシのこと好きなんだ…なんて…」
「サクラちゃん、オレ…」
「アタシを惨めにしたくないんだったら…!」
背を向けてうつ向いていたサクラは、くい!と顔をあげると、身体を捻ってナルトを見た。
「さっさと追いかけてラブラブになっちゃいなさい!」
イーッ!としてやったのに。
ナルトはまだ泣きそうな顔をして困ったように首を傾げてこちらを見ているのだ。
「アンタね…」
「…サクラちゃん……オレね…」
「わかってるわよ!」
もう一度喝を入れてやろうとしたのに何か言いかけたナルトに、それ以上ゴニョゴニョ言わせないようにサクラは怒鳴った。怯んだナルトに、また言って聞かせる。
「アタシはアンタのお姉さんみたいなもんなんだから。お姉さんのことよりカノジョのことが気になって…大事になるのは、普通のことよ?」
ナルトの顔がぐじゃっ…と歪んだ。
「…今までありがと…ナルト。これからアタシはもう自分のカレシに大事にしてもらうから…!アンタも自分のカノジョを大事にしなさい…!」
もう無理だった。サクラの眼からも涙がこぼれた。堪えきれなかった自分に腹が立つ。
サクラはできる限りのさりげなさを装って涙を拭うと、
「あらヤダ!ゴメン!アンタまだカノジョ居ないんだったわね!」
明るい声を出して口元に手を当てて、ククク…とイタズラっぽく笑った。
「!!!?!」
「こっそり?ひっそり?想ってるだけ?で、ぜ〜んぜん意思表示もまだなんだったっけ〜?」
「うッ…!ううう…っ…うぐっ……」
「やだぁ〜、ホンットごめんねぇ〜?ナルトォ〜」
「サ、サクラちゃんこそ…カレシなんて居ねェくせ…に…」
「…何か言った?」
ニヤニヤとナルトをからかっていたサクラの笑顔がすうっと冷たくなったのを見てナルトが大袈裟に後ずさった。
「これ以上バカなこと言って輪郭変えたいってんなら協力するわよ?」
「ジョ、ジョーダン!…に、聞こえねェからカンベンしてくれってばよー!」
ポキポキと指を鳴らしながらゆっくり近づいてくるサクラからナルトは慌てて距離を取った。
「そんじゃとっとと行ってしまえー!ホラ!」
しっしっ!と大きく追い払う仕草をするサクラに、ナルトは「ひでェ…」小さく呟いてから、泣きそうな顔をして笑った。
「ありがと!サクラちゃん!」
「続きはカノジョが、万が一だけど?出来てから聞くわ!」
もうこれ以上聞かないわよ?とばかりにサクラは今度こそ踵を返してナルトに背を向けた。
「ありがとう…サクラちゃん…」
ナルトはその背に頭を下げると、やはりくるりと背を向けてあっという間に駆け去って行った。
「ふ…」
サクラは涙をすべて拭って息を吐いた。
あれで良かったのかどうかわからない。結局ぐずぐずと自分に都合のいいことばかり並べ立てて押しきっただけなのかもしれない。
知らぬふりを続けて、いつまでもぬくぬくとナルトに守られ続けることはきっと可能だったと思う。
だけど、気づいてしまった。
ナルトにはもう自分よりも気になる人が居ることに。
本当に相応しい相手が他に居ることに。
それなのに、どうしてだか足を踏み出せずに居ることに。
それならば、自分がやるべきことはただひとつ。叩いてでも蹴飛ばしてでも、アイツを送り出してやること。
「あーあ!ホンット手のかかる…!」
わざと声に出してぐるん!と肩を回した。
「アタシもそろそろ本気で…彼氏探そっ…かな!」
くい!と顔をあげると、サクラは祭りの賑わいの方へ、軽やかな足取りで向かっていった。
[ 46/58 ][前] [次]
[top]