ふわふわ玉子焼き
白々と夜が明けると交代の時間となり、ナルトはヒナタと連れ立って街中へと戻ってきた。
ゆっくりと朝を迎えた街は、夜通し騒いで寝不足だったり酔いが抜けていなくてぐったりしている大人の間を、早起きした子供たちが元気に駆け回っている。
屋台のほとんどが店を畳んでいたが夜にはなかったお店がぽつぽつ見受けられ、それらは朝食用の粥や汁物を売る店で美味しそうな匂いと暖かそうな湯気を立ち上らせている。
「う〜ん、腹減ったけど…ねみーし、どっちにすっかな〜?」
ふわわ…と欠伸をしながらナルトがもらした言葉に、ヒナタがくすりと笑った。ナルトもヒナタを振り返り、ニシシ!と照れ笑いをする。
まだ人の少ない街中を、二人は微妙に前後になってゆっくりと歩いた。肩が当たるか当たらないかの距離が気恥ずかしいが妙に嬉しくて、ナルトはヒナタの確かな気配を感じながらこっそりと指先で頬をかいた。
「あ、あのさ、ヒナタ、これからどうする?」
そのまま身体をわずかに捻ってヒナタを見て聞いた。
驚いたように顔をあげたヒナタはゆっくりと考えを巡らし、
「えっと…次の当番まで…家で休もう…かな…?」
はにかみながら答えてくれた。ナルトは嬉しくて満面の笑顔になったが、ふと何かを思い出したのか、
「あ、そだ!ヒナタ!ちっとだけ食べてかねーか?」
ヒナタに振り向いてそう誘った。
「とびきり美味いの食べさせてくれるとこあんだ!行こうぜ!」
戸惑うように首を傾げたヒナタが遠慮しているだけだと悟ると、言葉の勢いのまま手を出すと、しかしそうっとやさしくヒナタの手を掴んで歩き出した。
「ナ、ナルトくん…っ…」
「思い出して良かったー♪確かな、こっちって…」
ナルトの足取りがどんどんはしゃぐように弾んでいって、ヒナタは足がもつれないよう必死について行く。ヒナタがついて来ようとしてくれる気配にナルトの足はもっと早まっていく。
「おーい!来たぜー!」
ナルトがヒナタとはつないでいない方の手をあげた。
「おー!来たか!待ってたぜ!」
まだお客の居ない小さな屋台から養鶏家の夫が手を振り返してきた。
「ったく、忘れてんじゃねーかとヒヤヒヤしてたんだぜ!良かった!」
男は二人にテーブルにつくようすすめた。そこへ、
「取りあえず五個持ってき…あら!英雄さま!」
妻が卵を入れた篭を抱えて戻ってきた。
「英雄さまって…朝からはさすがに恥ずかしーかな…」
テヘヘ…と照れて頭をかくナルトを妻はやさしく見守ったあと、微笑んだままヒナタに丁寧に頭を下げた。
「これ…たった今、産みたてほやほやなんですよ」
篭の中身を見せてくれた。
「産みたて卵の玉子焼き!食べてってくれよ?」
夫は片目をつぶって見せると、妻から篭を受け取り次々と卵の殻を割り、鮮やかな手際で玉子焼きを作りはじめた。
「よーけーか?っての?鶏育ててるご夫婦でさ、木の葉病院に来んのに鶏ごと来てくれて、そのまま玉子焼きで祭りに参加してくれてんだ!」
「えっ…木の葉病院に…って…」
嬉しそうに説明してくれるナルトへヒナタが問いかけたとき、妻が赤ん坊を抱いてきてくれた。
「わぁ…可愛い…♪」
眼を輝かせたヒナタのそばに立ち、赤ん坊を見せてくれる。
「お陰さまで、無事出産出来ました」
「良かったですね…なんて可愛い赤ちゃん…」
ヒナタは妻の腕の中で穏やかな寝息をたてている赤ん坊を本当に愛しそうに見つめた。
それを見ているナルトの頬も幸せそうに緩んでいる。
「ほいよ!そら!あっつあつのうちに食ってくれよ♪」
夫が卵五個分のたっぷり大きな黄金色の玉子焼きの皿を持ってきた。
「わぁ…♪」
「うっまっそーッ♪」
眼を輝かす二人に、
「おーよ、美味いぞ!覚悟しろ!」
すすめながら妻と並んで隣のテーブルの椅子に座った。
「いっただっきまーす♪」
ナルトとヒナタは手を合わせて声を揃えると、割り箸を割った。
「んじゃ…まず…」
ナルトが舌なめずりをしながら真ん中からふたつに割ると、盛大に湯気があがり、とろとろの中身が表れてまた二人は声をあげた。
つやつやとろとろなのにこぼれてこない。絶妙な火の通し具合。
そろそろと口に運ぶと、ナルトもヒナタもきゅううっととろけそうな笑顔になった。
「美味っ…しい…♪」
「さっすが!玉子焼き名人!」
「まーな♪」
称賛の言葉に夫は得意そうに返したが、それ以上に嬉しくてたまらないという表情で妻と二人でナルトとヒナタを見守っていた。
「ごっそーさーん♪」
「ご馳走さまでした♪」
食べ終えた二人は同時に箸を置いて手を合わせると、口々に夫婦に礼を言った。
「こんな美味い玉子焼き!初めてだったってばよ!」
「ほ、ほんとに…産みたてだなんて贅沢…初めてで…とっても美味しかったし、嬉しかったです…!」
「喜んで頂けて嬉しかったですわ」
「ほんと、食べてもらえてやっと安心したぜ。喜んでもらえたようだし」
夫婦も嬉しそうだ。
「まだ…しばらく滞在なさるんですか…?」
「ええ、やはりここは医療設備が整ってますし」
「優秀な医療忍者も常駐していますしね…!」
ヒナタの言葉に、夫婦は一瞬顔を見合わせて微妙な顔をした。
「どうか…なさいましたか…?」
ヒナタがたちまち不安そうに聞いたので、夫婦は明るい顔をすると揃って首を横に振った。
心配したヒナタがさらに夫婦から話を聞こうと腰を浮かせたした瞬間、
「ふぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
ナルトの間抜けな欠伸が響き、三人は固まってしまった。
「?!?!?どったの…?あ、オレ?オレの欠伸?!」
きょときょとと見回したナルトはすぐに首をすくめて恐縮したが、三人は弾けたように爆笑してしまった。
「ったく!かなわねーな!あんたには!」
ばしばしと背中を叩かれ、ナルトはますます照れて小さくなり、三人はますます笑った。。
何度も何度も振り返り手を振る二人を見送りながら、
「あれが…英雄さまの彼女か…」
夫はニヤリと笑ったが、妻は、
「いいえ、私の見立てでは、まだお付き合いには至っていないと思うわ」
確信に満ちた顔で言い切った。
「へぇえ?!そうかぁ?」
「ええ、あの二人、仲は良さそうだったけど、ほとんど触れあってなかったじゃない」
妻のしたり顔に夫は首を捻った。
「んん?でもよ、手をつないでやって来たんだぜ?」
「手ぐらいつなぐわよ!好きあってるんだから」
妻はぴしりと言うと赤ん坊を抱いたまま篭を取りに立って戻ってきた。
「…好きあってんなら時間の問題だろうが…」
「まぁ、そうなんでしょうけどね」
妻の背で赤ん坊のためのだっこ紐を括ってやりながら、夫はナルトが以前「相手も居ねェのに!」と顔を真っ赤にして怒鳴っていた姿を思い出した。
「…だいぶ鈍そうだよなぁ…あのにーちゃん、あっち方面は…」
「ねぇ?そして彼女さんは大人しそうだし、どっちも言い出せなくて微妙な関係のまま、いつまでもぐずぐずしてそうで心配だわ…!」
赤ん坊がきっちり無理なく固定されたのを確認して、妻は夫に向き直った。
「俺たちが滞在している間にくっつくかな?」
「さてねぇ…でもそうしてくれないと気になって戻れやしないわね?」
ふふふ、と夫婦は笑いあった。
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