祭りの夜
「〜〜〜〜〜〜…」
抱えた膝に顔を埋めたまま、ナルトは顔をあげられずにいた。とっくに涙は乾いているのだが、
『恥ずかしい…すっげェ恥ずかしい…オレってば…ヒ…ヒナタの前で…』
そのまま声に出さずにうが〜っ!と悶えていた。
何にも触れて来ないのだが、きっとヒナタのことだから心配してあわあわしているだろうと思うと居たたまれない思いが増してゆく。
『なんつーか…こーゆーときは…サクラちゃん方式で、殴るとか怒鳴るとかしてくれる方が…気が楽ってゆーか…』
だが、ふと心を鎮めて気配を探ってみると、隣からは暖かな雰囲気がほんのりと伝わってくるだけで、まるでこの草むらに同化してしまっているように静かに凪いでいる。
ヒナタといえば、いつも心配し過ぎて不必要なくらい心を痛めて慌てている印象があったのだが、居たたまれない思いをしている自分をなぜ放っているのだろう?
急に泣き出すだなんてと完全に呆れてしまったのだろうか?
…そんなはずはない。
なぜだか、そんな確信があった。
気を遣って物音を立てないように息を潜めているのだろうか。
いや…
ナルトはほんのわずか首を横に動かしてヒナタを見た。ヒナタは柔らかな表情のままじっと月を仰ぎ見て居た。
草むらで隣に並んで座っていながら、こちらを見ずに月を見上げている。それなのに、自分の様子に無関心な訳ではないとなぜか伝わってくる。
静かなヒナタの横顔をじっと見つめていたナルトはやがて、
「……なァ…もしかして……歌って…る?」
そうっと、そうっと、聞かれたくないくらい小さい声で呟いてみた。
風に揺れるがままになっている髪以外は、身じろぎもしていないヒナタから、なぜだか歌が聞こえて来るような気がする。
「?」
ナルトがこっちを見ていることに気づいて、ヒナタが少し首を傾げた。
やわらかな表情をしているが…笑っているのかどうかまではわからない。
「なァ…」
ナルトは、顔を半分膝に埋めたまま、聞き取りにくいだろうと思いながらもそっと聞いた。
「歌ってた…?」
「!!」
顔には出さないがヒナタが揺らいだ。
そうしてゆっくりと顔を染めていく。
「ぇ…えっ…ど…どう…し…て…?!」
ぱちぱちと瞬きをしながら顔をあげたり下げたりして慌てるヒナタが可愛くて、ナルトは半分顔を隠したまま微笑んだ。
ついにヒナタは両手で顔を覆ってしまった。が、上から半分だけ顔をのぞかせると、
「わ…私…声に出してないつもり…だったんだけど…出ちゃってた…?」
やはり小さな小さな声で聞いた。
座っているので、草が風でぶつかり合う音がさっきよりもよく聞こえる。それにかき消されるほどの大きさでしかしゃべっていないのに、どうしてこんなにはっきりと聞き取れるのだろう。
ナルトはまたゆっくりと、ヒナタに伝わるように微笑んだ。
微笑みながら、ヒナタの眼をじいっと見た。
今ヒナタが感じているのは、恥ずかしさ?不安?それとも…?
瞳が見えないため、無表情・無感動なのだと思われやすい日向一族。
白眼を発動させたヒナタにはさすがに強い意思を感じていたが、発動していないときにも、それを感じるようになったのはいつからだろう。
確かな意思と強い想い。それだけではない。
細やかな気遣い、そして…
そして…
「オレにだけは…聞こえるみたい…!」
そう呟いてニカッ!と笑った。隠していても思いきり上げた口角は見えてしまってるかもしれない。
「こないだも…ホラ…花が…さ…」
ザザザ…風が音をたてて渡る。…さすがにかき消されたかもしれない…そう思いながら、
「聞こえたんだもん…オレってば…案外耳いいのな…」
ここだけ聞こえていればいい…そう思って続けた。
睫毛を震わせながら瞬きを繰り返すヒナタは、愛らしい唇をわずかに動かして、
「花の…歌……?」
そう呟いた。
嗚呼…!!
『ダ…ダメだ…また…』
鼻の奥が痛い。眼が熱くなってくる。
浮かんでくる涙を見られたくなくて、ナルトは眼を細めるようにして笑った。
ほんのりと頬を染めて、ヒナタがゆっくりと眼を伏せた。
ぱらぱらと前髪が風に揺れる。
ヒナタはまたゆっくりと眼をあげるとほんのりと笑い、
「うん…やっぱり…おしゃべりじゃなくて歌だった…って…私も思う…よ」
ふわりと首を傾げて愛らしく笑った。
だが、みるみるうちにその眼に涙が浮かんできた。
「あの時は…黙って出ていってしまって…ごめんね…ナルトくん」
小さな小さな声は、小さな叫びにもなっていた。
「お話してくれてたのに…黙って出ていってしまって…私…」
声も出ていないかもしれない。風の音が耳にうるさい。
だけど、しっかりと届いている。
しっかりと聞こえている。ヒナタの心。
ナルトは眼を動かして「心配ない」とヒナタに伝えた。受け取っただろうに、済まなさそうな表情を崩さないヒナタに苦笑する。
『やっぱ…ヒナタは…心配性の泣き虫…だなァ…』
声は出ていないかもしれない。だけど聞こえてしまっているかもしれない。
「ヒナタに…さ…」
ナルトは顔をあげると、鼻の下を袖口で拭った。
「ヒナタに見せたいもんがあんだ…うちに…来てくれよ…?」
そう言って歯を見せてニカッ!と笑った。
自分でもようやくちゃんと声を出してしゃべったような気がした。
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