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祭りの夜

指定された場に行くとヒナタはもう先に着いていて、ひとり佇みながら月を見上げていた。

森を抜けた先の小さな草むら。脛ほどの高さの草が時折のんびりと風に揺らいでいる。

昼間は首の後ろできりりと髪を束ねていたが、そのままではやはり寒かったのだろうか、束ねる位置を髪の先に変えていて、風をはらんでふんわりと膨らんだ艶やかな髪が肩を覆っているように見えた。

「?…ナルトくん…?」

顎をわずかに動かしたヒナタに名を呼ばれても、

「よお…」

ナルトは曖昧な返事をもらすことしか出来なかった。
月の光を受けてヒナタの白い顔がほの白く浮かび上がり、金色の額飾りがキラキラと輝いている。

「?」

首を傾げたヒナタが一瞬だけ不安そうに眉をひそめたのを見て、ナルトは反射的に足を踏み出していた。

さく…さく…さく…

『熱い…』

ヒナタから目をそらせないままナルトはぼんやりと思った。

昼間と同じ格好をしたままのヒナタは本当に寒そうだ…そう思いながらヒナタの正面で立ち止まった瞬間、

「あ」

ナルトは大事に抱えてきたコロッケの存在を思い出した。
くるんでいた帽子をほどいて紙包みを取り出す。

『熱いって…コレのことかよ…』

そんなことを思いながら包みのひとつを掴むと、

「ホラ、」

ヒナタへと差し出した。

「さっき揚がったばっかのコロッケ!熱いぞ!」

ニカッ!と笑うと、なんだかやっと頭の中がクリアになった気がして、ナルトは更に目を細めて笑った。
それを見届けるようにして遅れて笑ったヒナタがようやく手を伸ばして受け取ってくれた。

「…大きい」
「うま!やった♪カボチャコロッケだ!」

ばくり!とかぶりつくナルトのほうを困ったように見ながらヒナタはなかなか食べようとしない。

「あの…ナルトくん…キバくん…は…?」
「ん?来ねーよ?」
「ど、どうして?!」
「んー…だって…」

むぐむぐと残りを咀嚼して紙包みを丸めてから、

「変わってもらったから…オレと」

そう言ってナルトはヒナタに食べろよと仕草ですすめた。

「えっ…ど…うして?!」
「どうって、そりゃ…特製ジャーキーと引き替…っとと!じゃなくて!!」

一向に食べようとしないヒナタを気にしすぎてうっかりもらしてしまいそうになって、ナルトは慌てた。

「いや!あのな!時間がな!んっとォ…」

懸命に理由をでっち上げようとしていたナルトは、やはり食べようとしないヒナタを見て、

「熱々のうちに食えよ、じゃないと教えねーってばよッ♪」

にんまりと笑った。
困ったままの自分を気遣ってくれたと悟ったヒナタは、ふ、とうつ向くと、観念したように口を開け、ぱくり、とコロッケをかじった。

「あつっ…!」
「あははははは!」

ヒナタの声にナルトは声をあげて笑った。ヒナタは口の回りについたパン粉を指で拭いながら恨めしそうにそれを見上げる。

「揚げたてっつったじゃん!バカだなァ、ヒナタは!」

おかしそうに嬉しそうに笑うナルトに聞こえないようにヒナタは小さな声で、

「どうせ…」

ぽつりと呟くと、もそもそとコロッケを食べ始めた。

「冷たいもんもだけど、熱いもんも苦手なんだな!ヒナタは!」
「あ…」

先日のアイスキャンデーの件を思い出してヒナタは顔を赤くした。

「口も、ちっちゃくしか開かねーみてーだし」

くくく、と愉快そうに笑うと、

「サクラちゃんなんかさー、普段あれこれ言ってっけど、ラーメン食べるときなんかびっくりするほどでっかい口開けるんだぜ!」

ラーメンを食べる仕草をしながら本当に楽しそうに笑うナルトを、ヒナタはほんわりした笑顔で見詰めた。

「私とは…全然違う…ね…」

震えたように聞こえたのは、丁度吹き抜けた風のせいなのか。

「…当たり前だろ…」

ナルトは笑うのをやめてヒナタをじっと見下ろした。

「ヒナタは…ヒナタとサクラちゃんは違うのは…当たり前のことじゃん…」
「うん。そうだね…」

ヒナタは前を向いてふんわりとそう言うと、またコロッケを食べた。
ナルトの顔がわずかに歪む。

ヒナタがコロッケをかじる音と、時折吹く風に草が揺らいで擦れあう音しかしない。
ナルトとヒナタは横に並んで、どちらも言葉を発さずにいた。

「…ご馳走さま」

かさかさと音がしてヒナタが包みを丸めたのがわかると、ナルトは黙って手を差し出した。

「?」
「オレのゴミと…まとめとく」

目もあわせずにぶっきらぼうにそういうナルトをヒナタは微笑んだ…ような顔で見上げると、

「うううん、大丈夫…」

そう言って自分の袂に仕舞ってしまった。

無音の中に居ると、街からの賑やかな音がよく聞こえてくる。
子供たちが大勢参加するからと遠慮されていた酒がとうとう振る舞われたのだろう、酔っぱらいが発しているような奇声や怒声がまじり始めた。

「やれやれ…辺境警備でよかったってばよ…巡回警備だと厄介だよな…」
「そうだね…」

思わずもらした言葉にヒナタが反応してくれたのが嬉しくて、ナルトはパッとヒナタを見た。
ヒナタは胸の前で手を組んで不安そうな顔で街の方を見ている。

「…子供たちは…皆ちゃんと寝ているのかしら…」

震える睫毛の下でヒナタの白い眼が不安そうに瞬く。降り注ぐ月の光と細く揺れる前髪で額飾りがキラキラと小さな光を放っている。

「コレ…」

ナルトはそうっとヒナタの額飾りに触れた。

「すげーキレー…」
「えっ?!あっ?!そ…そうかな…あ、ありがとう…」

ヒナタは思わずナルトの顔を見、慌ててうつ向いて恥ずかしそうにしてしまった。が、すぐに顔をあげ、

「て、手作り…なの…」
「えええ!?ウソ!マジ?」

嬉しそうに微笑んだ。ナルトは驚いて額飾りをよく見ようと顔を近付けたが、ヒナタはさっと身を引いた。そして額飾りを外すと、そっとナルトに差し出した。
ヒナタに避けられたことにショックを受けたナルトは呆然としながらも顔に出さないようにしながら額飾りを受け取った。

「?!」

確かに、驚くほど軽い。
よくよく見るとそれは厚紙で作られていて、止めつけるための紐も、お菓子かなにかの包装に使われたリボンのように見える。

「表に金色の…折り紙を貼っただけなの」

そう言うとヒナタはいくぶん得意そうにふふふ、と笑った。
首を傾げたせいで髪がするりと流れつやつやと煌めく。

「ほえー…」

感心したように額飾りを撫でながら、その実ナルトはヒナタの姿に見とれていた。

ヒナタの額にあるときはあんなにも煌めいていた飾りは、こうして手に取ると、丁寧に作られてはいるがやはりまことにお粗末な「手作り」でしかない。

『輝いてんのは…ヒナタのほうかよ…』

こんな静かな夜の、月だけの明かりの中、ヒナタは眩しいほどに輝いている。

「ソレさ…なんの仮装なのかなって…聞き損ねてたんだけど…」

ぼんやりと発する自分の声が不思議なほど遠い。

「これ?」

ヒナタは自分の扮装を見下ろすと、手にしていたおもちゃのような弓をかざし、

「これは…巫女なの」

そう言ってまた微笑んだ。

「巫女?」
「うん…!」

ヒナタは弓を構えてみせた。おもちゃなので弦を引くことは出来ないが、それっぽくゆるりと引くと、びいん…と弦を弾いて下ろした。

「巫女はね、みんなの代表で神様にお祈りをする人なの」
「代表?」
「そう…。皆が平穏でいられますように…健康でいられますように…笑う勇気と元気を無くしていませんように…」

ヒナタは弓を小脇に抱えると、胸の前で手を組んで目をつぶった。

「…祈ることしか出来ないけれど…」

月に捧げるようにつき出された額は、飾りなど無用とばかりに光輝く。
たおやかで静かでしなやかな、ヒナタの姿、ヒナタの心。

「でもね…!」

パッと顔をあげたヒナタの眼が白い焔をはらんでゆらめく。

「こうして弦を鳴らすと、魔を祓う…悪いものを追い払う…そんな力も持っているんだよ…!」

そう言って再び弓を構えた。

ナルトは涙ぐむのを必死に堪え、

「…矢もねェ…のに…?」

懸命にからかうような声をやっと絞り出した。

「!だから…!矢じゃなくて、弦を…ね…!」

頬を膨らませて振り向いたヒナタの顔が、白く滲んで見えなくなってしまった。

「…ナルトくん…?」
「ごめ…ごめん…ヒナタ…」
「…ナルトくん…」

さくさくと音がして、そっとそばに寄ってきてくれたヒナタの手が頬に触れた感覚があった。

「…ナルトくんの心が…平穏でありますように…」

祈りの声が静かに心に染み渡ってくる。

「座ろう…?ナルトくん…」
「ウン…ごめん…ごめんな…ヒナタ…ごめん…」
「謝ることなんて…なんにもないよ…?」
「ありがと…ごめん…ヒナタ…」

ヒナタに手を引かれ、並んで草むらに座ったナルトは、いつまでも何度も「ごめんなさい」と「ありがとう」を繰り返した。



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