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第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -
それは出来ない。

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「仮装…仮装…なにやりゃいいんだ?!」

里の中を腕を組んで歩きながらナルトは頭をひねった。あれからサイに笑われたりすげなくされたりしながら説明を受けたところによると、「変化ではないけど自分じゃない誰かに成りすましてその格好をすること」だとようやく理解できた。
とはいえ、具体的な何かに変化することも基礎的なスキルの1つである忍びの身には、「○○に化ける」ではなく、「自分じゃない誰かに」というところがむつかしくて見当がつかない。

「サイは?!何に仮装すんだ?」

と聞いてみれば、

「ボクは当日は…警護だから…ね…」

と悲しげな顔をされ、しかもその表情は実はわざとでからかうのが目的だったと知ってまた騒いで、

そんないきさつまで思い出してしまって、ナルトはますます髪をぐじゃぐじゃにかきむしった。

「うーがー!」

呻き声を漏らしながら歩くナルトを、道行く人が笑いながら見ている。

と、向こうから小さな小鳥がナルトの肩の辺りをめがけて飛んできた。それは忍び同士の連絡用のもので、反射的に掴んだナルトの手のなかでたちまち消えて小さな紙切れに変わる。
ナルトはまだ悩んで唸ったまま、片手で器用に紙片を広げた。中には、

「火影室へ、疾く来よ」

紙の大きさを無視するような豪快な筆致は紛れもなく綱手のものだ。
ナルトは思い切り舌を出し「げーっ!」という表情をすると、観念するように頭を振って踵を返した。


「失礼しまース…」

恐る恐る火影室の戸を開けると、そこにはなぜかサクラしか居なかった。

「あれ?サクラちゃん?」
「あ、ナルト…」

なにやら曖昧な表情をしてこちらを見たサクラの様子に、ナルトは首を捻った。

「サクラちゃんも呼ばれてたのか?」

そう聞いたナルトの声に被さるように、

「ナルト?!来たのかい?」

奥から綱手の声がした。

見れば、ついぞ開いていることなど見たことのない戸が開いていて、綱手の声はどうやらそこからしたようだ。

「こっち…」

サクラが先導する。綱手からナルトの到着を待って案内するよう言いつかっていたらしい。
それにしても、サクラのなんだか落ち着きのないような様子や表情に、ナルトは後ろに続きながらまた首を傾げた。

大量の書籍や巻物がぎっちり詰まった天井までの造りつけの本棚のせいでまるで通路のように狭くなっている部分を抜けると、思いのほか広い部屋へ出た。
にここにと機嫌のよさそうな綱手が古びた箱を手にして立っていて、隅っこにはシズネがいつものようにトントンを抱きかかえて控えていた。

「ナルト!お前、仮装は何をやるか決まったのか?!」

資料室か博物館かそういう趣の部屋の、勉強用のような机の上に箱を置いて紐解きながら綱手が問うた。

「あ…いや、まだ…」
「そうか!うん、そうなら…な」

開いた箱から大事そうに取り出したのは、なんとなくどこかで見たことがあるようなないような…女性用の装飾品のようだった。
サクラは頬を染めながら装飾品をうっとりと眺め、時折なにか期待の混じった眼差しでちらちらとナルトを見る。

「うむ。保存状態もまずまずだな」

綱手も満足そうに頷いて装飾品をそうっと机に置くと、そばの戸棚に手をかけて振り返り、

「お前、収穫祭ではおじいさまの仮装をする気はないか?」

そういって自分の前の棚を指差した。

よくよく見るとそれはガラス張りの棚で、中には第四次大戦のときに見た、穢土転生していた柱間が着用していたものと同じ甲冑が飾られていた。

「あ!ソレ…」
「これはもちろんレプリカなんだが」

綱手はまたも満足そうに甲冑を眺めた。

「祭事用の豪華な装束もまだちゃんと保管されていてな!甲冑は違うが、装束は本物だぞ!正真正銘おじいさまが着用していたものだ!」

どうだ?と言わんばかりの笑顔で振り返った綱手が見たのは、
真顔で唇を引き結んでこちらをじっと見ているナルトだった。

「………」
「?どうした、ナルト?」
「………悪りィんだけど……やりたくねェ…」
「えっ…?」

ナルトを除く女性三人の顔がたちまち曇った。断るわけがないと思い込んでいた綱手は驚きのあまり声も出ない。

ナルトは驚いて固まっている綱手をじっとしばらく見つめたあと、ゆっくりと口を開いた。

「ばあちゃん。こんどの収穫祭はさ、あの戦争から一年経って、ようやく実りが期待できるようになりましたって、それをみんなで祝うための祭りなんだろ?」
「ああ…」

いつにないナルトの真剣な様子に、綱手も素直に頷いた。

「だったらさ…あの戦争を思い出させるようなもんは一切出すべきじゃねェんじゃねェかって…オレは思うんだってばよ…」

三人ははっと胸を突かれた。

「確かに…柱間のおっちゃんはオレたち忍びにとっては伝説で、木の葉を作った人で、すっげェ偉くて、憧れ…?で、すげェ人かもしんねェんだけどさ…」

憧れ、と言ってから少し首を傾げたナルトの仕草で、綱手はその偉大さとは裏腹に底抜けに明るくて時に緊張感をぶち壊す祖父の言動を思い出し、吹き出しそうになるのをこらえるために目をつぶった。

「ばあちゃんにとっても大事な、大好きな、自慢のおじいちゃんなんだろーけど…ごめんなさい…」

ナルトはうつむいた。綱手の表情がふっと緩む。

「でもよ!」

ナルトは必死な様子で顔をあげた。

「外から祭りに来てくれる人はほとんどが一般の人だ。オレたち忍びがおこしちまったあの戦争で、家族が亡くなったとか、住むとこが無くなったとか、畑や猟場を失って大変だったって人ばっかでさ!大変な一年を過ごしてようやくお祭りやろうって気分になって、そんで木の葉までやって来てくれた人たちにさ!!」

泣き出しそうに顔を歪めたナルトに、綱手は慈愛の微笑みを向けた。

「楽しんで…心から、めいっぱい楽しんでって欲しいんだってばよ…」

ナルトに里への物資の輸送を手伝わせたのは他ならぬ綱手だった。その間に知り合った人々の顔を、交わした会話を、ナルトは思い起こしているのに違いなかった。

シズネも涙ぐみながら微笑み、サクラは完全にうつむいてしまっていた。

「わかったよ、ナルト」
「ごめん…ばあちゃん…」
「いいんだ」

綱手はナルトの肩をやさしく叩いた。

「私の考えが浅かったようだ。済まなかったな、ナルト」

背中を丸めて申し訳なさそうに綱手を見上げたナルトへ、綱手はにっこりと笑って見せた。ナルトの成長を心から頼もしく嬉しく思っている、愛情の籠った笑顔だった。
ナルトは綱手の眼差しにようやく安心したように口元をほころばせると、いつものようにニカッ!と笑ってみせた。

「そ、それにさ!オレってばさ!なんつか、オレはオレだからさ、オレじゃない他の人になるのはなんか嫌っつーかさ!」

ヘヘヘ、と首をすくめて笑う。

「なーんて!ガラにもなくかっこつけてみちゃいましたっ!てばよ!」

ナハハハハ!と背を反らして照れ笑いをするナルトに、サクラもようやく顔をあげて微笑んだ。

装飾品とその箱を手にした綱手を先頭にぞろぞろと執務室に戻ると、窓の外はもうほんのりと暮れかかっていた。

「やべ!ばぁちゃん!シズネのねーちゃん!サクラちゃん!オレ、用事あんだった!ごめん!」

ナルトがあたふたと部屋を出て行こうとした。

「わざわざ呼びつけて済まなかったね」

綱手がその背に声をかけると、ナルトは振り返ってニシシ!と笑い、

「柱間のおっちゃんのゴーカな衣装ってやつ、やっぱこんど見して!な!」

そういって手を振って走り出て行った。

「…ふん!勝手なことを…!」

口ではそう言いつつ嬉しそうにナルトを見送った綱手は、サクラを振り返り、

「すまんな、サクラ。ナルトがあれでは…」

と謝った。

「い、いえ!いいんです!大丈夫です!」
「おじいさま役が居ないのに、おばあさまだけ出しても…なぁ…」

綱手は机の隅に置いた装飾品へ目をやった。それは綱手の祖母・うずまきミトが身につけていたものだった。

「ナルトの柱間にサクラのミトの仮装…いい案だと思ったんだが…」
「いいんです!いいんです!ま、また、なんか、その、からかわれたりするのも…アレですし…」

残念そうな綱手へ、サクラは苦笑いをして手を振りながら恐縮した。

「な、なんていうか、その…アタシ…ミトさまっていう器でもないし…その…」

サクラの笑顔がどんどん歪んでいき、

「…申し訳ありませんでした…ずうずうしいお願い…してしまいまして…」

うつむきながら声も小さくなっていく。

「そんなことはない!私だっていい案だと思ったんだ、残念だよ、実現できなくて!」

綱手はサクラを励ましながら豪快に肩を叩いた。

「でもまぁ今回はアイツのほうが1枚も2枚も上手だったな。全く…あの言葉には参ったよ!」

ナルトが去った戸を見ながら、綱手はまたも満足そうに微笑んだ。



「うおっ!とっと!」

勢いがつきすぎて通り過ぎてしまいそうになるのを堪えて立ち止まったところへちょうど、

「あら、うずまきくん!」

店の中からいのの母親が声をかけてきた。

「あ…今日はいのは?」

頭をかきながら店の中へと入ってきたナルトを見て、くすっと笑うと、

「今居ないんだけど、ちゃあんと言付かってるわよ」

と、たった2本だけを簡単にくるんだ花束をナルトへ渡した。

「『近々来ると思うから!』ですって」
「おお!さっすがいの!ありがとうございマース!」

ナルトは大急ぎで代金を払うと、大事そうに花を持ち上げて中を覗き込み、花に、ふっ…と柔らかな笑顔を向けてから、

「ありがとうございましたー!」

と元気よく去って行った。

花を胸に抱えてまた勢いよく駆けていく。
部屋へ戻るやすぐに花瓶のところへ行き、しおれかけている花を慎重に引き抜くと買ってきたばかりの花と入れ替えた。

そうしてそれからしばらく…いつまでもいつまでも、嬉しそうに花を眺めて過ごしていた。




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