打ち合わせ女子会
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「こっちこっちー!」
いのが向こうから手を振った。待ち合わせの時こちらへ手を振るのはいののいつもの仕草なのだが今日は声まで掛けてくれたのは、目があっても急ごうとしない自分を暗に急かしているのかもしれない。サクラはそう思うが、そのまま歩調を変えずとぼとぼとたどり着くと、どさり…というように席につき、くにゃりとテーブルに伏せた。
「…何よ、お疲れねぇ」
いのが呆れたようにそう言って頭をつつく。
「そりゃ…実質休み無しなんだもん…」
ふて腐れたように伏せたまま答えた。
いのはヒナタと顔を見合わせてからメニューをサクラの目の前にずい、と差し出してくれた。
「まぁとにかく甘いものでも食べて元気だしなさいよ」
そう言ってくれるのはありがたいのだが、実をいうとこのところ不規則過ぎる生活の疲労と空腹を誤魔化すためにちょこちょこと甘いものばかり摂取していたので、全く食指が動かないのだ。
いのしか居なければ「もー、ヤなの!甘いものは!」と叫んでいただろう、しかし今日はヒナタも居る。
「んー…」
サクラはずるり…と起き上がると、指先でメニューを引き寄せ、文字をたどった。
何度眺めてもどれも全く響いてこない。
「お待たせしました」
店員がやってきた。
「ざくろジュースの方、」
「はい!あたし」
いのが小さく手をあげる。
「いちじくのタルトと紅茶の方、」
「あ、は、はい、私です」
ヒナタがおずおずと答える。
「そちらの方は…」
気遣っていのにそっと声をかけてくれるが、眉間に皺を寄せていのとヒナタの頼んだものを睨んでいるだけのサクラに苦笑いしつつ、
「まだ決まってないみたいなので、あとで」
と、いのが促したのだが、
「ライム!ライムのジュースにミント浮かべたの頂戴!」
唐突に叫ぶと、サクラはパタンとメニューをテーブルに伏せ、両肘で頬杖をついた。
「…かしこまりました」
店員がいのに目配せをして去っていく。どうやらここはいのの行きつけなのか、顔馴染みらしい。
「あらドウゾ、構わずに飲んで、」
サクラは片手で二人を促した。
「すぐ来るから待つわよ」
いのは呆れて椅子にもたれると、足と腕とを組んだ。
「言いたかないけど、さすがにちょっと態度悪くない?」
「アラ、言いたくないなら黙ってたらどう?」
二人の険のあるやりとりにヒナタがおろおろする。
絶対に大したことにはならないと決まっているのに、ヒナタはいつも必ずおろおろするのだ。サクラは舌打ちしたい気持ちになった。
『感情がコントロール出来ない時には会いたくない子よね…』
ヒナタが悪いのではなく、いのほど気心が知れていないだけなのだが、
「お待たせしました」
運ばれてきたグラスを掴むや、サクラは一気に三分の一ほどをあおった。
「くーっ!染みるー!」
「…オッサンか、アンタは…」
いのが呆れて自分のグラスのストローへ手を伸ばした。
いののむき出しの白い腕が伸びて長い指が優雅にストローをつまむのを、サクラはぼーっと眺めた。
ヒナタのほうはちびちびとケーキを口に運んではひとくちごとにいちいち頬を緩ませて味わっている。
「乙女よねー…アンタたち…」
サクラはかろかろと乱暴な音をたててグラスを振った。
「ま、今のオッサンなあんたよりは遥かにね〜」
いのは澄まして取り合わない。こちらを見たヒナタの手が止まりかけたので、サクラはグラスをテーブルに置くと姿勢を正し、
「で?今日の本題は?」
いのに聞いた。
ひとくちふたくち、黙ったままジュースを飲んでから、
「あら?お忘れでなくて安心したわ」
いのはようやくふふん、と笑った。
収穫祭の件で、と呼び出されていたのだ。伝達でもない限り、いのはともかくサクラはヒナタとテーブルを囲むような仲ではない。
「盛り上げるためになにかやろうって話でさ」
「出店?」
「それは、収益も兼ねてプロがやる」
いのがすげなく言う。
「それじゃあ何を?」
「そこなのよー」
若干イラつきがちなサクラを知っててからかっているのか、はたまた当てつけでわざとなのか、いのはいつもの勿体つけた話し方を改めない。
さっさと言いなさいよ!と詰め寄りたいところだがヒナタがさっきから悲しげに眉を寄せたままなので、サクラはぐうぅっと堪えた。
「出し物じゃなきゃ、何?」
「うんとねー」
人差し指を立て唇に押しあてて笑ういのに、サクラはイライラを募らせた。勿体つけていることにもだが、仕事上がりでよれよれの自分と比べて、いののいつもと変わらぬつやつやの頬とさらさらの美髪に引け目を感じて、どうしても気持ちがささくれ立つのだ。
サクラの気も知らず、いのはヒナタを促して肩掛けの布バッグから一冊の絵本を取り出した。
真っ黒な表紙に金色の猫の目が描かれている。
「ハロウィン、ていうらしいんだけど」
「ハロウィン?」
「yes、Halloween」
急に気取ってそれらしい発音をしてみせたいの軽く睨んだサクラへ、慌てて、
「遠い国の…もしかしたらおとぎ話かもなんだけど…お祭りらしいの…」
ヒナタが声をかけた。
「お祭り?」
「うん。収穫を祝うお祭りらしい…とかなんとか…」
怪訝そうな顔で聞き返したサクラに、ヒナタはたどたどしく説明する。
「…猫が?」
サクラはいのが掲げたままの絵本の表紙に描かれた金色の部分を撫でた。
「ま、ね、猫がどうとかよりも、よ」
サクラの手が本から離れるや、いのは絵本を持ち直してパラパラと中をめくった。どのページも紙は黒く、そこへオレンジや紫を多様して描かれた人物だの動物だのがちらちら見えたが、いのは大きなカボチャが描かれたページを開いてこちらに見せた。
「今アカデミーで作ってるのがコレ。カボチャの灯篭なんですって」
「灯篭?!?」
よくよく見れば、確かに描かれたカボチャの灯篭に三角にあけた目や口とおぼしき部分から光が漏れているように見える。
ヒナタがふと笑顔を漏らしたのを目の端に捉えながら、サクラはいのからの続きを待った。
「最初は豊作のカボチャを使って何か出来ないか、ってことで真似たらしいんだけど、折角だから他も真似してみようかってことでね」
いのはまたページをめくると、今度はびっしりと人物が描かれたページを見せた。
被り物をして動物に扮している人まで居る。
「魔除けのために自分でない誰かに化けたってとこから始まってるらしいんだけど〜」
ここでいのがニヤリと笑った。
また…勿体つけが始まるのかしら…サクラは目眩を感じながらジュースを飲み干した。
「つ、まり?」
酸っぱさにむせながら先を促すと、いのは一瞬嬉しそうな、サクラの落ち度を見つけたときの顔になったのだがたちまち元の様子に戻り、
「仮装しましょうよ、って話〜♪」
あっけなく種明かしをしたので、サクラはまたむせて今度は咳き込んだ。サクラの背をさすってくれながらヒナタがおずおずと聞く。
「仮装…?」
「そっ!お姫様とか〜、巫女とか〜、旅芸人とか〜」
楽しげないのと比べて、サクラはまた眉間に皺を寄せ、ヒナタは怪訝そうに首を傾げた。
「ソレって…どうなのよ?」
楽しいの?とはあえて聞かなかったが、いのは構わず、
「自分でない誰かに化けるって楽しくない?!」
わくわくしている。
「…変化の術使えば一発じゃないの」
バカバカしい…と顔をそらしたサクラの視界で、ヒナタがぱぁあっと顔をほころばせた。
「そ…それって…物語の人物とかも…いいのかなぁ…?」
「あら!いいじゃない?!」
「神話の神様とか…」
「ステキー♪」
きゃーきゃーと騒ぐ二人を尻目に、完全に出遅れてしまったサクラは、使ってもなかったストローでグラスの氷をがらがらとかき混ぜながらまた肘をついた。
「…実在しない人物にどやって化けんのよ?」
そりゃ確かに、それには変化出来ないけどさ…
後半の言葉は言わずもがななので飲み込んだ。
「どんなだったんだろうって…想像して…衣装を考えてみるのも楽しいよね…」
ヒナタがほんのりと頬を染めながらうっとりと呟いた。いのがそれを満足そうに何度も頷きながら見ている。
「何に仮装するか、どう仮装するか、楽しそうじゃない?」
「うんっ…!」
あらそ…なるほどね…
出遅れた気後れから二人の輪には入れなかったが、サクラもぼんやりと想いを馳せた。
小さい頃に好きだった…夢見てたお姫さまに化けてみる…とか…
はたと気づくと、想像の自分はどうみても花嫁衣装としか思えないドレスを纏っていたことにサクラは飛び上がり、慌てて頭の辺りを手で払った。
「あ、あと私たちはお菓子を配る役もあるらしいから、よろしくね」
いのの突然の言葉に、
「お菓子?!」
サクラとヒナタが、声を揃えて聞き返した。
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