サクラの苛立ち
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あれからナルトに会えていない…。
終戦以来病院に詰めていることが多くなったサクラは、以前のようにナルトと組んで任務にあたることも減り、会えないことなどしょっちゅうだったのに、この数日はかつてないほどそれを心許なく思っていた。
『回復…そうよ!ちゃんと安静にして回復しきったのか…気になるだけよ…!』
そう自分に言い聞かせているのだが。
「…で、ほんとに優しい方で…英雄さまは」
「ああそう、それで?」
カルテを見たままぞんざいに返事をしてしまい、サクラははっとして患者を見た。彼女は悲しげな不安げな、そして不審げな顔をしてこちらを見ている。
「あ…ご、ごめんなさい」
サクラは慌てて謝った。
「考え事をしていたので…ほんとにごめんなさい」
患者である妊婦は、ふぅ、と息を吐いてゆっくりと立ち上がった。
サクラはそれに手を貸そうとしたが、彼女はそれを受けず、そのまま診察室を出ようと歩き出した。
「この里で…英雄さまの話をして…ぞんざいな返事しかなさらないのは先生だけですよ?」
彼女は不満そうにそう言ってノブに手をかけた。
「私、忍びでもなければこの里の者でもないですから、先生と英雄さまがどれ程親しいか存じませんけど」
戸を開けるとノブを支えにして部屋を出た。
「…何度も同じ話をしてしまって申し訳ありません。嬉しかったものですから。でももう先生には致しません」
そう言って頭を下げて戸を閉めた。閉め際に小さく、
「気分が悪いわ…」
彼女が漏らした呟きでさえ拾ってしまう己の忍びの耳を、サクラは呪った。
専門ではない婦人科も診なければならないことが負担であるとか、何度も同じ話を聞かねばならないこととか、
自分はあれきり会えないナルトの話をよく知りもしない人から聞かされることが妙に気に障るのだとか、
そんなことは患者には全く関係がない。
『しくじった…』
サクラはしょんぼりしながら、全身をほぐそうと伸びをした。
疲れているのかもしれない…。
窓の外を見る。空と遠くの山しか見えない診察室からの景色は気を紛らわせてはくれず、もの寂しさが増すだけに思えた。
ナルトはあれから任務でなのか、あちこちに出掛けているようだった。
商売や治療のため、忍の里である木の葉隠れへやってくる一般人は少なくない。
何日も病院に詰めて里を歩き回っていなくても、様々なところで、ナルトに会った、話をした、親切にしてもらったと聞かされることが増えた。
どうやら片時も里に居ないようだった。
『サクラちゃーん!』
ニカ!と笑いながら手を大きく振って駆け寄ってくるナルトの姿を…もうどのくらい見ていないのだろう。
それなのに。
『あちこちで…こうしてる今も…知らない誰かに親切にして、笑ってるんだわ…』
人の気も知らないで!
とサクラは顔をしかめた。
『アタシがこんなにさみしいときに…どこに居るのよ…ナルト…』
きゅっと唇を噛み締める。
胸の奥もきゅうんと痛んだ気がした。が、
「サクラ先輩、次お願いしていいですか?!」
後輩が慌ただしく駆け込んできてカルテを差し出した。
『やれやれ…感慨にふける暇もないのね…』
サクラは観念したように息を吐くと、きり!と顔を引き締めてカルテを受け取り、
「ええ、もちろん!案内して」
てきぱきと声をかけて次に備えた。
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