退院した日
店員の「まいどあり〜」の声を背に受けながら、ナルトはいそいそと袋を開けた。歩きながら手を突っ込んで取り出し、かぶりつこうとしたその瞬間、
「ナルトくんっ?!」
ヒナタの細い声がして、びっくう!と竦み上がった。
「あ…ヒナタ…」
「ナルトくんたら…なんてもの食べようとしてるのっ…?!」
タハハ…と笑うナルトの手にはソーダ味のアイスキャンディーが握られていた。
「あー…んーとー…えーっとォ…」
「風邪が治ったばかりなのに身体を冷やすものを食べたりしたらダメだよっ…」
いつものように悲しげに眉を寄せたヒナタが…珍しく怒っている…?ナルトはポカンとした顔でヒナタの顔を眺めた。
「聞いてるのっ?!ナルトくんっ!」
「あ、ああ…ハイ…」
ナルトは首を竦めたがすぐに、
「んー…じゃあ半分やるよ、はい!」
真ん中からアイスを半分に割ると片方をヒナタに差し出してニシシ!と笑った。
「えっ?えっ?そ、それはっ…あ、あのっ…」
予想通りヒナタがわたわたしたので、ナルトはしめた!と思い、
「んじゃ、やっぱオレが食べーよっと♪」
差し出した方のアイスにかぶりつこうと自分に向けたナルトのその手を、はっと我にかえったヒナタは大急ぎで両手で掴むと、
「そ、それ、や、やっぱりっ…い、頂きます…っ」
慣れない早口でいつも以上にどもりながらきっぱりと言い切り、ナルトの手からアイスを取り上げた。
にんまり、と嬉しそうに笑ったナルトを見てまたはっとしたヒナタは、
「こ、これは、お裾分けを頂いたんじゃなくって…!ナルトくんの食べる分を減らすために取り上げるんですから…ね…っ!」
そしてまた眉を釣り上げられず、悲しげに寄せた顔で精一杯怒ってみせた。
ナルトは吹き出しそうになるのを堪えながら、
「ハーイ、おねがいシマース」
目をつぶってすましてそう答えると、ヒナタを見てまたニシシ!と笑った。
たちまち赤く染まるヒナタ。
「あそこに座るか」
ナルトがベンチを指差し、すたすたと歩き始めたので慌てて後を追ったヒナタは、ナルトが座る前に素早く手拭いを広げて置き、
「何か敷いておかないと…直接は身体を冷やすから…」
もごもごとそう言うとその上に座れと示した。
そういった気遣いをほとんど受けたことがないナルトは驚いて動けなくなってしまったが、ヒナタがまた困るといけないと思い直して急いで座った。
二人並んで無言のままアイスを食べる。
じゃくっ、じゃくっ、とナルトがアイスを噛み砕く音を聞きながら、ヒナタは追い付こうと必死にアイスを舐めて、啜って、かじりついた。
「うン?」
何やら忙しないヒナタの様子にナルトが目をやると、小さくしか開かない口で必死にしゃりしゃりとアイスをかじるヒナタは、まるで子リスが身体よりも随分と大きな木の実を懸命にかじっているようにしか見えなくて、ナルトはまた必死に笑いを堪えた。
冷たいのも辛いのだろう、ぎゅっとつぶった目に涙がたまっているようなのに気づいてしまうと、ナルトはたまらず笑いだした。
「あっははは!あはははははは!!」
ほとんど食べ終えたアイスの棒を手に、ベンチにもたれて顎をあげて大声で笑う。
何事かと驚いてポカンとしているヒナタに、ナルトはようやく笑うのをやめて自分の涙を拭いながら、
「んな急がなくったっていーからよ、ヒナタ。落ち着いて食べろよ」
ヒナタに笑いかけた。
またもや真っ赤に染まったヒナタは今度ははっきりと顔を歪めたので、ナルトはしまった!と目を見開いた。
「あっ……や…うん…そ…そうだね……」
うつ向き、どんどんと小さくなる声。
「あ、あのっ、いやっ、だからさ、」
慌てるナルト。
ぽたり…とヒナタのジャージの膝に雫が落ちてナルトはヒヤリとしたが、涙ではなく溶けたアイスだとわかってほっとする。
ナルトはゆっくり微笑むと、ヒナタの視線の先に来るだろう位置に手をついた。
「オレのために慌ててくれてありがと、ヒナタ」
優しく言う。
「早く食べ終わって、早くオレを帰さなきゃって焦ったんだろ?わかってるってばよ…ほんとにありがとう」
ゆっくりと顔をあげたヒナタと目が合ってまた笑う。
しかしヒナタはまたゆっくりとうつ向くと、
「私…ほんとに…気を使わせちゃったりして…」
震えるようなか細い声でぽしょぽしょと呟いた。
「ん?先に気遣ってくれたのはヒナタだってばよ!」
ナルトは構わず明るく言った。
「んだからさ、あいこ?じゃねェ?」
顔を覗き込むように首をかしげてニシシ!と笑う。
ヒナタはようやく泣きそうな顔をして笑うと、
「ありがとう…ほんとにありがとう…ナルトくん…」
そういって静かに微笑んだ。
ヒナタの笑顔にぼーっと魅入っていたナルトは少し視線を下に目をそらすと、まばたきを繰り返し、
「あー、そのー、ナンだ……っと!」
手をばたつかせて立ち上がると、
「んーじゃあ、ヒナタにこれ以上心配かけるといけねェから帰るとすっか!」
アイスの棒を傍らのゴミ箱に捨てると大きく伸びをした。
ヒナタは微笑みながらナルトを見上げると、溶けかけた残りのアイスを頬張って飲み込むと、
「はい。是非、お願いします」
棒を棄てて立ち上がり、手を膝の前で重ねて首をかしげながらふわりと微笑んだ。ナルトはそれへ
「おうっ!」
ガッツポーズのように拳を握って応えたが、
「あ!そうだ!」
閃いた!というような嬉しそうな顔をした。
「オレさ、オレさ、一件だけ!一件だけ用事思い出した!すぐに済ませるからそれだけやってからでもいい?」
ぱん!と両手を合わせて拝むようにヒナタに頼み込んだ。音に驚いて一瞬目を見開いてしまったがヒナタはすぐに唇をきゅっと引き締め、
「さっと済ませてさっと帰るんですよ、ナルトくん」
また眉根をきゅっと寄せてそう言った。
ナルトはまたまた吹き出しそうになったが必死で堪え、
「わっかりましたー!ヒナタせーんせっ♪」
ニシシシシッ!と笑い、
「そんじゃーな!またなー!ヒナターっ!」
手を振りながら駆けだそうとし、
止まって振り返ると、正面までやってきてヒナタをじっ…と見た。
「…またな、ヒナタ」
楽しげに輝く青空と同じ色の瞳。いつも賑やかに忙しなく動く口は、きゅっと口角をあげて引き結ばれている。
一番大好きなのはせっかくのこの瞳が見えなくなってしまうあの笑顔だけど、今は青空が目の前に落ちてきたようにこの瞳に囚われてしまって、ヒナタは動けない。
怯えたように眉を寄せながらも目をそらさないヒナタにナルトはニィイッと笑うと、
「またな!」
今度こそ駆けて行ってしまった。
『思い出した!思い出した!』
ナルトは走りながら唱える。
『あんなの!ああいうやつ!もう間違えねェ♪』
最初に飛び込んだ店で首尾よく思い通りの品物を見つけると、ナルトは再び駆け出した。
早く花を生け替えたかった。
『もうぜってー忘れねェ!』
そのままの勢いで家に飛び込むと、すぐに水を入れて新しい花瓶へ花を移した。
それから時間が経つのも忘れて、ああでもないこうでもない、こんなのもいい!と花生けを楽しんだ。
花びらが散りやすくなっているから慎重に。位置もだけど向きも違えばまた雰囲気もがらりと変わる。
気がつくととっくに一楽の営業時間は過ぎていて、倒れそうなほどの空腹をカップラーメンを食べてようやくなだめた。病み上がりには誉められた食事ではないとちらりと考えはしたが、ようやく納得のいった花を目の前に、ナルトはいつまでも頬が緩むのを止められなかった。
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