退院した日
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結局ナルトの退院の日に来れたのはいの一人だけだった。
そのいのも丁度上手く仕事の合間に時間が取れただけで一日空いているわけではなく、「ごめんねー」としきりに恐縮するのだが、病院の入院着を寝間着として借りていたナルトは持ち帰るような荷物もほとんどなく、実際帰宅までの道中の付き添いくらいしかすることもないと言って良かった。
部屋に着き戸を開けると、何日も締め切っていた部屋からはやはりむっとしたような空気が迫って来、ナルトが大事に抱えてきた花束をテーブルに置くや窓を開けに駆け寄ったのを見て、いのもそれを手伝った。
「残り開けとくから、花瓶持ってきなさいよ」
「おっ!そうだな、ありがと、いの!」
くるりと向きを変えると、ナルトはすぐさま花瓶を探しに部屋の奥へと消えていった。
駆け去った足音からうって変わって、のたのたという沈んだ足取りで戻ってきたナルトは、困ったような納得のいかないような顔をしていて、
「こんなんしかなかった…」
と大きめの花瓶をひとつ抱えている。
背も口もたっぷりと大きいその花瓶には、持ち帰ったこの花束にも充分すぎるほど相応しいように思えていのは密かに首を傾げたが、ナルトはやはり何か気に入らないのか生けた後も何度も何度も花をいじくり回している。
「ちょっとー、それ以上やったらもっと散っちゃうわよ!ほら!」
見かねて側へ行くと、花瓶の周りのテーブルをさっさっと手で拭い、散った花びらや花弁を集めた。
「あ…」
ナルトが悲しそうな声を漏らす。
いのはそれに驚いたが顔には出さずちらりと見ると、ナルトはすぐさま唇を尖らし、
「あんときみてェになんねェんだもん…」
ごにょごにょと呟いた。
「咲いてからもう日が経ってるからあんまりいじりすぎないのよ」
いのは聞こえなかったふりをして、そのまま細かなゴミを手でかき集めてゴミ箱へ捨てた。
まだぶつぶつ言っているナルトを見て、腰に手を当ててため息をつく。
「そんなにお気に召さないのなら、新しく花器を買ったら?」
「カキ?!」
「…ごめん、『花瓶』よ」
慌てて訂正し、これ以上この単語について突っ込まれないようにと畳み掛ける。
「花瓶が変わると雰囲気も変わるわよ。今日は一日安静にってことだったけど、花瓶を買いに行くくらいはいいんじゃない?」
そう言うと、いのはさっさと玄関に向かい靴を履き始めた。
「お、そか、忙しいのに今日も色々ありがとな!」
ナルトも慌てて見送りにと駆け寄った。
「どーいたしまして!」
いのはくるりと振り替えると、にっこりと華やかに笑った。
ぼーっとしてしまったナルトに、
「?!どしたの?」
聞くと、ナルトは、
「いや…女の子ってば、皆なんかの花みてェなんだなァって思って…」
ぼそぼそととんでもないことを言うので、いのは飛び上がり、
「あんたね!」
ぴしゃりと言う。
「変な口説き文句みたいなのを誰にも彼にも言うんじゃないわよ!」
そしてさっさと戸を開けた。
「花瓶だけ買いに行って後はさっさと帰って寝るのよ!」
出て行きながらそう言うので、
「いのってば、サクラちゃんみてェ」
ナルトはニシシ!と笑ったが、いのは、
「あんなのと一緒にしないでっ!」
まさにサクラの言いそうなセリフを言いながらいーっ!と歯を剥いて、文字通りぴしゃりと戸を閉めて行ってしまった。
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