ナルトとヒナタ
「あ…」
しまった、とありありと書かれた顔で振り返ったナルトは、戸口で佇むヒナタへ、窓辺に膝をかけた姿勢のまま鼻に皺を寄せてニシシ!と誤魔化し笑いをしたが、ヒナタはそれに構わずふわりと駆け寄ると、ナルトの背にそっと手を添えて窓辺から降りるのを助けた。
「な…何をしていたの?ナルトくん…危ないよ…?」
やんわりとたしなめるヒナタに、ナルトはベッドの真ん中に座り込み、タハハ…と首を竦めた。
ちろり…と上目遣いでヒナタを見ると、そうっと窓辺に置いていた薬瓶を取り上げ、ちらりとかざす。
「?」
今度は口をパカッと開けて見せたので、ようやく理解したヒナタは、
「あ!サクラさんを呼んで…じゃ…ない…の?」
身を翻そうとしたのだが、ナルトが慌てたのを見て止めた。サクラに面倒をかけたくないから自分でなんとかしようとしていたのだろう。
しかし…ならばあの体勢は一体どういうことなのだろう…いぶかしがりながらヒナタはそぅっとナルトが握りしめている薬瓶へ手を伸ばし、
「わ、私で良ければ…ぬ、塗ろうか…?ナルトくん…」
おずおずと申し出た。ナルトはたちまち、ぱあぁっと顔を輝かせ、あんぐり、と大口を開けた。
「で…出来る…かな…」
変に力むヒナタに、ナルトはちらりと不安になった。手元が震えているのはともかくだが、口をへの字に曲げ顔全体にもなんだか気合が入っていて、ナルトはヒナタが今にも白眼を発動するんじゃないかと冷や冷やした。
とりあえずそんなこともなく、そろそろと差し込まれた手でゆるゆると薬が塗られていく。ヒナタが薬瓶の蓋をきゅうっと閉めるや、
「はぁ…」
二人は同時に息を吐いた。
目を丸くして顔を見合わせると、同時に噴出した。
声を立てずに笑うナルトと、うつ向いて恥ずかしそうに眉をひそめて笑うヒナタ。
ひとしきり笑うと、ヒナタはベッドの上に落ちていたストールを拾いながら、
「寝てなくていいの…?ナルトくん」
そうっと聞いた。
「んー…」
ナルトは目を細めて唸ると、座り込んだ自分の足首を掴んで肩をすくめ、
「寝てんの…飽きちまっ…て…」
掠れた声できまり悪そうにヒナタを見上げた。
「そ…っかぁ…」
ヒナタはパイプ椅子をベッドの際まで引き寄せて腰かけ、ナルトと同じ目線の高さになると首をかしげた。
「うん…わかるよ…ずっと寝てるのも辛くなってくるよね…」
だろ!と言うように、ニカ!と笑ったナルトの笑顔に、面食らったようにうつ向いてしまったが、
「でもね…治りばなの油断が一番いけないんだよ…」
ヒナタはストールを広げると、寝間着の裾からのぞくナルトの素足をくるんでから膝全体に掛けた。
「絶対に冷やしちゃダメだから…お布団は被っていて…」
腰を浮かしてナルトの隣の布団の山から肌掛けを引っ張り出すと、今度はナルトの肩から全身をくるんだ。
「あ…りが…と…」
ヒナタの仕草にぽかん、としながら、ナルトは身体の前でヒナタが合わせて押さえた布団の両端を恐る恐る受け取った。
「元気になってきた証拠…かな…?」
ヒナタはパイプ椅子に座り直すと、また首をかしげてふうわりと笑った。
ヒナタの笑顔が『良かった…』と告げている…。
ナルトはほんの少し泣きそうな、驚いたような顔をしてヒナタを見ていたが、やがて
「ありがと…」
ゆっくりと微笑んだ。
ヒナタはゆるりと微笑んだままわずかに睫毛を伏せてそれに応えたが、ふ…と真顔になると、
「でもその姿勢…腰に良くないんだけど…な…」
ぽつりと呟いた。ナルトは、へっ?!と言うように自分の姿をきょろきょろと見回す。
「胡座は…どうしても腰や背中が曲がるから…ほんとは正座がいいよ?ナルトくん…」
正座!
聞くや、ナルトが『うへェ!』と言うように舌を出して顔をしかめたので、ヒナタはびっくりしたが、
「長時間…は、訓練や馴れで…なんとかなるんだけど…」
そう言うと身体を乗り出して、
「ちょっとやってみて、ナルトくん…!」
ベッドに手を着いた。
ええ〜っ?!と、嫌そうな顔をしてみせても怯む気配を見せないヒナタに、ナルトは観念して渋々正座になった。
「踵の上にお尻を乗せて…上から腰を落とすの…」
説明してみるが要領がわからずまごつくナルトへ、
「こうだよ」
ついにベッドに上がると、両足を揃えて膝立ちをしてからゆるゆると腰を落として正座をした。
「うん…最初は膝立ちからやったほうが…分かりやすいよね…」
ぐらつくナルトに手を貸してやりながら教える。
すと…と腰を下ろしたナルトが、ん?という顔をした。
「背筋が…伸びやすくない?」
問いかけへ目を輝かせて答えるナルトに、ヒナタは椅子に戻りながら小さく笑う。
「腰が楽なはずだよ…」
「た…しかに…!」
ナルトは嬉しそうに背筋を伸ばして、すい…と姿勢をただした。
途端にナルトが凛々しい空気を纏うのを見て、ヒナタはみるみる赤くなった。
『やっぱり…変わった…ナルトくん、大人っぽくなって…なんだか堂々としてきた…』
ヒナタの目には、火影コートを着て堂々と仁王立ちをして、今よりもぐっと精悍になったナルトの朗らかな笑顔が見えるようだった。
そして…
そのときにはきっと、翡翠色の瞳を輝かせた花色の髪の美女が寄り添っているのだろう。
『?』
夢見るような遠い眼差しになったヒナタに気づいたナルトが首をかしげた。
ヒナタは慌てて顔の前で手を降ると、
「こ、腰にはいいけど、足が痺れるまでしなくてもいいんだから…ね…?ナルトくん…」
明るい声でそう言ったが、すぐに首をすくめて、
「じゃ…なんで教えたの…だよね…私ったら…ごめんね…変なの…変だよね…」
ごにょごにょと付け足した。
じっとヒナタを静かに見詰めていたナルトが、何か言おうと身を乗り出してベッドに片手を着いたとき、ヒナタはさっと顔をあげ、いつもの少し泣きそうにも見える笑顔になり、
「きちんと治して…ナルトくん…無理はダメだよ…」
ナルトの手を包むように自分の両手を重ねると、ナルトの目を正面から見据えて言った。
それに答えようとナルトが動くより先に、
「大切な…人のためにも…あんまり心配させちゃダメだよ…」
ふわりと微笑むとすっくと立ち、
「じゃあね…お大事に…」
首をかしげてにこりと笑うと、するりと髪をなびかせて部屋を出て行ってしまった。
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