花がもたらす…
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まだ寝ていると思っているのだろう。サクラがそっと戸を閉めて去っていったのを聞きながら、ナルトはゆっくりと目を開けた。段々と眠っている時間が長くなっているようだ。さぁて…今は朝なのか昼なのか…カーテン越しに射し込む柔らかな光に身を委ねながらぼんやりと考える。回診はサクラの仕事の合間をみてらしく、時間は定まっていない。
ナルトはゆっくりとまばたきをしながら天井を眺めた。
入院して何日が過ぎたのか、数えたくなかった。筋力がどれ程衰えているのかと思うとゾッとする。
だが、幸か不幸か感覚は研ぎ澄まされていくようで、ここ数日は一人で密かにそれを楽しんでいた。
『昨日…誰かが来たな…』
目に写る光景にはなんの変化もない。天井や壁の染みももはや見飽きたほどだ。
だが、何かが違う。明らかに変わっていた。見た目の変化ではないのなら、空気が、と言うべきなのか。
誰だろう…考える自分の口がへの字になっていることに気づいたナルトは、気分を変えようと身体を捻り、そのままそこで固まってしまった。
花瓶に活けられた花の表情が全く違っていたのだ。
「あ…や…っぱ…」
思わず漏れた声も枯れてほとんど出ていない。
声も出してなきゃ衰えるもんなのか…?ナルトはぺしゃり、と伏せると、肘を張って枕を抱え込みながら花を眺めた。
昨日までとは違い、花が生き生きとなんだか楽しそうだった。
わずかに首を左右に傾げていたナルトは片手を上げると、人差し指だけ伸ばして軽く握り込み、ゆらゆらと揺らし始めた。
指揮をしているような、空中に文字を書くような、そんな動き。
歌をほとんど知らないナルトは鼻唄らしい鼻唄もろくに歌えはしないのだが、身体を揺らし、指先を揺らす。
花の佇まいは静かだった。窓も戸も締め切られていてカーテンすらも揺らぎはしない。
ナルトの指先だけが、何も動かないこの部屋の中でゆらゆらと揺らぐ。
「わか…んね…けど…なんとな…く…」
腫れ塞がる喉を引き剥がすかのように声を絞り出す。
「しゃべ…って……か…も?…な」
首を捻る。
そのまま頬を枕に乗せてしまうと反射的に目を細めてしまう。
このまま寝てしまうのもいいかも…と思った。
「聴…こえ……よ…」
手の動きがゆらゆらからふらふらへと変わったようだ。
「あ……が…と……」
唾液を飲み込むとやはり喉が痛くて顔をしかめてしまう。咳き込みそうになるのだけは懸命に堪える。
もう一度『ありがとう』と言おうとして。
ナルトの手の動きが止まった。
伝えるべき相手はもうここに居ないと感じたからだ。
ぱたり…と手が落ちると、顔も枕に埋もれてしまう。
ナルトはしばらくそうして伏せていたが、やがてまた眠りに落ちていってしまった。
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次に目を開けた時は真夜中だった。
満ちてゆく月の明かりでカーテン越しでも部屋が少し明るい。
昼間と同じように伏せた姿勢のまま花を眺める。
昼間と違う光の中、花はまた違って見えた。位置は変わっていないので今日の水替えはなかったのだろう。
ナルトはゆっくりと身体を起こした。
サイドに置かれている水差しからコップに水を入れる。
痛くて何度も中断してしまうが、ゆっくりゆっくり飲み干していく。
座るという姿勢が久しぶりだった。
布団を跳ね上げて場所を作り、空になったコップを持ったままゆるりと胡座をかき、花を見詰めた。
…早く部屋に帰りたいな…
静かにそう思う。
この花を抱えて、早く部屋に帰りたい。
世話を焼いて、どれがなんという花なのか調べて、日々の変化を楽しんで、
共に過ごしたい。
コップを握り込んでいた手を見下ろす。
指に力を込めてみる。このまま割ることは出来そうだが、それでも筋力がどれ程衰えているのかが明白にわかってしまった。
伏せた目をゆっくりとあげる。
薄闇の中、ナルトはその眼にもういつもの輝きを取り戻していた。
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