山盛りカボチャコロッケ
「アタシ、何にもしなかったのにお礼言われちゃって…なんか申し訳ないわ」
チョウジの家へコロッケを届けた帰り道、サクラはそう言って顔を曇らせたが、
「んなことねーってばよ!サクラちゃんは一緒に届けるってことしてくれたじゃん!それにさ、」
頭の後ろで腕を組んでニシシ!と笑いながら、
「遅れても駆けつけてくれたじゃん。間に合わなかったのは仕事に一生懸命だっただけで、サクラちゃんは悪くないってばよ!」
ナルトが明るくフォローしたので、サクラは顔を綻ばせた。
「お届けすんのに美人は一人でも多いほーがいーしさ!」
「やだ、もう!ナルトったら!」
「ぐへ☆」
褒めてくれたナルトの頬へ、照れたサクラの謙遜の一撃が見事にヒットする。
「あ、あらヤダ、ゴメン!…つい…」
「へ、へへ…油断してただけだから…大丈夫だってばよ…」
いつもの二人のやり取りを、いのは今日は複雑な思いで眺めた。隣に居るヒナタはいつものように控えめに嬉しそうに微笑んでいる。
「あ、アタシじゃあここで!またねー!」
「おーう!またなー!サクラちゃーん!」
去っていく後ろ姿までも嬉しそうに見送るナルトに、今度はいのが耐えきれなくなり、
「じゃ、アタシたちはこっちから行こうか。またね、ナルト」
ヒナタの手を掴むと踵を返した。
「えっ?!」
「あ、あの…いのちゃん…?」
二人はポカンとするが、いのが足を緩めないので、ヒナタはナルトを振り返り、
「じゃ、じゃあね…ナルトくん…」
と挨拶をし、いのと並んで去っていった。
何が起こったか訳がわからない…そんな表情のままのナルトを独り残して。
辻をいくつか曲がった所で、いのは急にヒナタに振り返った。驚いてわずかに背をそらしたヒナタの両肩を掴み、
「ヒナタはいいの?!あれでいいの?」
半ば噛みつくようにそう言った。気圧されたように目を見開いていたヒナタはゆっくりと姿勢を戻すと、
「うん…いいの」
うつむきがちになりながらもはっきりとそう言った。
「ナルトくんが嬉しそうにしてたら…それでいいかな…って…もうそれだけでいいかな…って…」
そのまま淡く微笑むので、いのはたまらなくなって叫んだ。
「どうしてよ!どうしてそんなに我慢するのよ!」
「我慢だなんて…」
ヒナタはいのの勢いにおどおどしているが、何かを押し隠している様子はなかった。
「我慢なんてしてないよ…?」
「嘘よ…!」
いのは今度はヒナタに抱きついた。
「ナルトに…好きになってもらいたい…でしょ?」
何度も何度もヒナタの髪を撫でた。ヒナタはいのの仕草と心遣いを嬉しく思って微笑みながら、
「どう…なのかな…」
静かに答えた。
「サクラさんと嬉しそうにやり取りしているナルトくんを見ていたら…やっぱりそれでいいかなって…私が勝手に好きになっただけだもの。そのことでナルトくんを煩わせたくはないよ…」
「ヒナタ…」
いのは目をぎゅうっとつぶるままに腕に力を籠めた。いのの気持ちが嬉しくて、ヒナタはほんわりと微笑んだ。
「いのちゃん…」
ヒナタはいのに腕を解くよう促した。顔を歪ませているいのに微笑みかけると、
「ナルトくんは私にもちゃんと優しいもの。それで充分なの」
目を伏せてそう言うと、もう一度いのの目を見て微笑んだ。
が、瞳の光がゆっくりと霞んでゆく。
「ナルトくんは昔からずっと、ほんとにすごかったんだよって…私はちゃんと見ていたよって…そうとだけ…伝えれば良かった…」
細く細く紡がれる声。
「うっかり好きだなんて言ってしまって…ナルトくんを困らせたことだけは…後悔してる…」
夢見るような口調でぽそぽそと呟くと、また瞳にしゃんとした光を灯し、いのを見てしっかりと笑った。
「私は本当に大丈夫だから!心配しないで…」
「ヒナタ…」
ヒナタの笑顔があんまり健気で、いのは涙をこぼせなくなって必死に堪えた。
小さな花たちを束ねたような、ささやかだけどとても大切に包み込みたくなるような、あたたかな微笑み。
「私は本当に幸せだから…」
そういって少しうつ向いたヒナタは、両手を口元で合わせると、ふふふ、と思い出し笑いをした。
ほんのりと…それとわからぬほどに頬を染めて。
「いのちゃんの心遣い、嬉しかったよ…ありがとう。じゃあね!」
そう言うと、ヒナタは軽やかに駆けていってしまった。
弾むようなヒナタの後ろ姿を見て、いのは動けぬまま静かに涙を流した。
「これで…お望み通りの『今まで通り』…ね…」
いのの真後ろで気配を顕にしたナルトは、いのの言葉に怯んで足を止めた。
「おめでとう…何もかもアンタの思い通り。さすがね…未来の火影サマ…」
振り返ったいのは涙も拭わぬまま美しい眉と形のよい唇とを歪ませて笑うと、そこから跳躍してすぐに見えなくなった。
急速に広がる暗闇の中、縫い止められたようにそこから動けなくなっていたナルトだったが、やがて崩れ落ちるようにその場にしゃがみこむと、そのままそこで岩のように固く丸くうずくまっていたが、
その姿も闇に飲み込まれてゆき、ついに見えなくなってしまった。
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