◆ Trick or Treat ◆
『おっそーい!!!』
人混みの向こうからめざとく見つけてくれたいのが、身ぶり手振りで怒りをあらわにする。
『ゴメン!ゴメン!』
と、こちらもジェスチャーで返したナルトは、近づくにつれひどくなっていく人混みに、
「ヒナタ、大丈夫か?」
人波に押されて後ろになってしまったヒナタを振り返ると、手を引いて引き寄せた。
「だ、大丈夫…きゃっ!」
ヒナタが歩み寄るより早くナルトが手を引いたため、躓いたヒナタはナルトの背中にぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい…」
鼻を押さえながら身体を起こそうとしたヒナタが顔をあげると、いつの間にか身体ごと振り向いていたナルトとばっちり目があった。
背中ではなく胸にぶつかったのだと知り、たちまち真っ赤に茹であがるヒナタを、また倒れるんじゃないかと慌てて支えたナルトは、
「あ、あ、あぶねェなァ…ヒナタ…」
もごもご言いながら顔をそらしてさらに引き寄せる。
時折、無理矢理に駆け抜けてくる子供たちが委細構わずぶつかりまくって過ぎてゆくのからヒナタを守るように庇うと、
「急ごうぜ!」
返事も待たずに先を急いだ。
「遅い!何してたの?!」
「いや、あの人混み見ろよーっ!コレでも頑張ったんだってばよ〜!」
「ハイ!なんでもいいからコレ!」
サクラからどっさりお菓子を渡される。
「配りまくってらっしゃい!」
「りょーっかーい♪」
ナルトは軽快に返事をすると、
「お菓子をくれなきゃ♪…じゃねェ!お菓子ならここにあるってばよーっと♪」
わっさわっさとこれ見よがしに袋を揺すりながら子供たちの群れに入って行き、たちまち鈴なりに群がられている。
『ナルトくん、楽しそう…』
ふふ、と笑いながら見ていたヒナタには、
「魔法のお姉ちゃん…」
おずおずと大人しそうな女の子が近寄って来た。
「ん?どうしたのかな?」
すぐさましゃがんで同じ目線になって微笑んだヒナタに、女の子はぱぁっと顔を明るくし、
「魔法のクッキー、私にも頂戴」
と小さな手を差し出した。
「それじゃあ…あの言葉をお願い」
首をかしげてやさしく言うヒナタに女の子はぽぅっと頬を染め、
「と、と、とりっくおあとりー…と?」
たどたどしく言って最後に不安げに首をかしげたるとヒナタはにっこりと笑い、
「少々お待ちください」
立ち上がると、穂先を上にして立てていた箒をそのまましゃらしゃらとゆすった。するとまた、ひらり…蝶が一羽舞い上がり…
「わぁ…♪」
ゆるり…ゆるり…としばらく舞うと、するり…と消えかかりながら降りてきて…気がつくと女の子の手には黒猫のクッキーが乗っていた。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
女の子がはしゃいでお礼を言うのへ、ヒナタはサクラがやっていたのを思い出しながら不器用に懸命にウインクをしてみせ、
「実はね、今日はもう魔法が終わっちゃったの。このクッキーが最後なんだ…」
また女の子の前にしゃがむと、人差し指でクッキーを軽くつついた。
「最後…」
「うん。これが最後の一枚…だよ」
ほわぁ…と女の子の顔が輝くのを、それよりももっともっと嬉しそうに見ているヒナタへ、
「ありがとう!ありがとう、お姉ちゃん!」
女の子は礼を言うと、大事そうにクッキーを胸に抱え頬を上気させながら駆け去って言った。
しゃがんだまま本当に嬉しそうに女の子を見送るヒナタの背中をそっと見つめていたナルトは、がばっ!と頭を抱えてしゃがみ込んだ。
『ナンダ?なんだ?今の…今のなんなんだってばよ!!!』
持ち込んだお菓子をたちまち奪われた挙げ句ごっこ遊びに付き合えとばかりに飛び掛かられたりパンチを打ち込まれたり、悪ガキどもに散々な目にあわされて逃げ出してきたナルトが一息ついたところだったのだ。
…ヒナタが女の子にウインクしてみせたのは。
『なんなんだ!?あの、なっちゃいねーのに…いねーのに…』
かあぁっと顔が熱くなる。きっと、いや絶対、顔が真っ赤になってるハズ。
『めっちゃくちゃ、かあいーウインクはァ?!?!』
口元を手で押さえて心のなかで、うがあぁぁ!と喚きまくる。
『てゆーか!てゆーか!ヒナタ、くせなのか?!あの首をくりっ?と傾げるの!!』
うわぁ!だか、あわわわ!だか、もう文字になんない叫びが己の頭の中をこだまする。
『ヤバい…ヤバい!あれヤバいんだってばよーーー!』
ぎゅーっと目を閉じてうずくまっていると、
「なーにやってんだよ!ナルト!」
キバがやってきて喚く。
「配り終えたんなら手伝えよ!」
「わ、わあった…」
口元を押さえながらよろよろと立ち上がる。我ながらなんて不恰好なザマなんだろ…なんだか目に涙がたまってきたみたいだ…と、ナルトはなんとか持ち直そうと必死に取り繕う。
「…お前もやられたのか…」
「へっ?!」
「ガキどもだよ、あいつら容赦ねぇったら!」
辟易そのものといった表情のキバに、なんだかホッとして歩み寄る。
「いやもう、どーしたもんか、困っちまってよ!」
「だよなー!殴るわけにもいかねーしよ」
お互い労うように肩を叩きあう。
「まぁ今日だけだし」
「あとちょっとだし」
「頑張りマス、かーっ?!」
顔を見合わせてニヤッと笑うと、観念してまた人混みに戻ろうと足を踏み出した。
が…
ヒナタが。またヒナタが子供たちに向かって笑っているのが目に入り、ナルトは動けなくなってしまった。
いつもおどおどと目も合わせてくれないのに、
それでもようやく目が合えば、気絶するか竦み上がるかの二択しかないのに、
そのヒナタが…首をかしげて自分を見上げたあの笑顔。
「も…オレ…ダメだわ…今日はもう…ダメだ…ってば…よ…」
ヒナタに背を向けキバの方を向くと、キバの肩に手を置いて再び、ぎゅうぅーっと目をつぶった。
気味悪がって振りほどこうとするキバに頑強にすがり付きながら、ナルトは自分の鼓動に辺りの音が聞こえなくなっていく感覚にくらくらしながら必死にしがみつき続けた。
オ菓子ナンカヨリ 君ガ欲シイ!…カモ…
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