05◆重なる気遣い
「ぅおんっっ!!」
さっと影が射したと思うと赤丸が素早くシノの横へ並び、同じくグルルルル…と上忍を鋭く牽制する。
お互い視界では捉えられなくとも、キバがこちらの状況を心配して赤丸を遣ったと2人にはすぐに知れた。同時に、キバにその余裕があると知ってヒナタはそっと安心した。
「いや、あの、なんで?!?」
シノと赤丸の勢いに圧された上忍はしばらくモゴモゴ言っていたがついに諦めて舌打ちをしながら去っていった。
すぐにヒナタに頭をすり寄せた赤丸をしゃがんで撫でてやりながら、ヒナタは警戒を解いたシノにお礼を言った。
「ありがとう…シノくん…」
「いやなに」
おっとりしていて頼まれると断れない性格のヒナタは、昔からカモにされたり無関係な責任や仕事やらを強引に押しつけられたりが多く、一緒にいるときはキバやシノがヒナタの代わりに怒ってくれたりきっぱりと断ってくれるようになっていたのだが、今日は殺気じみた気配まであり、あの上忍さんそんなにひどい人には見えなかったのに…とヒナタはひっそり首を傾げた。
もっとも、これまで騙したり利用してきた連中のことも「悪い人には見えなかったよ…?」と言いきるのだから、ヒナタのそちら方面での勘はあてにならない。
「おまえらムカつくんだよ!!」
キバの怒声がここまで聞こえてきた。
「ヒナタ…もう帰ったほうがいい…」
シノが赤丸に合図をすると、赤丸は嬉しそうにひと声吠え、慣れた動きでヒナタをさっさと自分の背に乗せた。
「シ、シノくん?!」
訳がわからずまごまごするヒナタに赤丸が『しっかり捕まって、』と言うように吠える。
「あ、赤丸くん!」
「頼んだぞ」
赤丸はシノに向かってまた吠えると、さっと体の向きをかえて駆け出した。
「あっ、あっ、今日はありがとう!ま、また改めて…」
振り返りながら叫ぶヒナタに、
「赤丸に乗っているときは話すなと…あれほどキバに言われているのに…」
シノが呟くや「きゅんっ!」という変な声がして、ヒナタはそのまま見えなくなった。
「なぜなら舌を…」
やっぱり噛んだな…
念のため虫も付けていることだし、このまま安全に日向の館まで帰るだろう。見届けられないのはいささか不安だが…そこまで考えてシノは密かに笑った。
自分が付けた虫からの報せなら遅れをとったことはない。ましてやここは土地勘もなく行方も分からぬ対象を追うわけでもない、自里内でヒナタをただ帰宅させるだけだ。それなのに「不安」だと思うとは…
「ふ、」
ため息とも笑いともつかぬ声を漏らしたあと、ズレてもいないサングラスの位置を戻すと、最強コンビ相手に孤軍奮闘中であろうキバを援護しなくては…と、ゆっくりと人混みの中心に向かって歩き出した。
一方ヒナタは、赤丸の背に揺られながらキバとシノの両方を気遣う。
キバの怒り、シノの怒気はなんだったのか…
自分を庇ってのような気はするのだが、なぜなのかがわからない。
「赤丸くん…」
ヒナタは赤丸の首に当てていた手をきゅっと握りこみながら話しかけた。が、赤丸は「聞かない」というように首を振る。
やはりなにかキバに言い含められているのだ…
ヒナタは赤丸の毛を巻き込まないよう用心しながら再び手を握りこんだ。
「赤丸くん…お願い」
低くはっきりと告げる。赤丸は困ったような顔をするが速度を変えない。
恐らくシノが虫を付けているはずだ。赤丸を説得出来たとしてもシノの虫を操ることはさすがに無理だ。とすれば、このまま大人しく帰宅する以外の行動をとればすぐさま2人に知られるだろう。
しかし。
ここまでして帰宅させたい理由はなんなのか。
『知りたい…』
ヒナタは静かに決意した。
2人の気遣い、厚意を無にすることだとはわかっていても。
『気遣われ、護られるだけの存在でなんかありたくない…』
私はまだそんなに頼りないのかな…ふとそんな思いがよぎり鼻がつんとしてきたが、みるみる日向の門が近づいてきた。
「赤丸くん、ありがとう!」
ヒナタは赤丸の背から飛び降りるや、身体を捻りながら日向の門を蹴って低く前へ跳躍し、元来た道を引き返すべく駆け出した。赤丸が慌ててヒナタを追うが、ヒナタも赤丸の顎に捉えられないようジグザグに避けながらなんとか赤丸の先をゆく。
「赤丸くんの仕事は門までのはずだよ?」
振り返って笑いかけると、
「…くぉんっ…」
困った顔をしてヒナタに並んだ。
「ありがとう…。ごめんね」
気遣うように赤丸の首を撫で…そのまま淀みなく手を動かし点欠を突いた。
「きゅ、…」
最後まで鳴くことも出来ず赤丸が堕ちた。走りながらも草むらを選んで打ったので、とさり…と、やわらかな音がして赤丸が身体を横たえたのを素早く確認し、ヒナタは足を速めた。
『シノくんへはもう報せが入ったかも。キバくんはどうなっただろう…』
険悪な空気だったとはいえ元々は仲の良い同期同士。本気でやりあったとしても怪我や命の心配までは必要ない。
が…
ヒナタが一番嫌なのは、避けたいのは、感情のもつれ。
間に合いますように…
ヒナタは祈るような気持ちを抱え、息を止めたまま駆け続けた。
そしてキバは…
店の外はすでに見物客でいっぱいで、先に出たはずのシノもヒナタも見えないほど。
『こんな大勢の前で…厄介だな…』
ちっ。
舌打ちをするが、ナルトも、その後ろで庇われるように立ちながらもこちらを睨み付けるているサクラも、全く意に介していない。
『これだから…嫌なんだよ!七班は!!!』
はなっから目立ってた。
破天荒でバランスの悪すぎる班。だが瞬く間に実力をつけ実績をあげ、気づけば里は彼らをなしには考えられないほど。
しかしキバが、いや、キバだけではない。
他の同期が七班に感じる苛立ちとは。
『あいつら守るべきものがねぇ。“立場”ってもんが、“役割”ってもんがねえから、いつも自分たちの感情だけで好き放題に暴走しやがる』
キバは、こうしていても犬塚へはどんな報せが入るか気になる。
姉の立場は、母の立場はどうなるかが気になる。
自分の行動が犬塚の評判に響かないか、気になってしまう。
しかし。
ナルトもサクラも全く気にしない。
ナルトが暴走しても、サクラが暴走しても、恥をかく人などいやしない。
何をしたって、どんなことをしでかしたって、
困る人はいても、迷惑をかけることはあっても、
“泥を塗る” “面目をなくす”
という影響を受ける他者がいない。
『そんな…そんなんだからコイツらは…』
キバはぐうぅっと沸き上がる感情を押さえきれなくなって叫んだ。
「お前らムカつくんだよ!!」
(続く)
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