03◆小さな変化
「い、いのさん、サクラさん、お疲れさま」
「ヒナタ!お疲れさま!」
すぐさま返事を返したいのの向こうからサクラも顔を出し、
「ヒナタ!さっきはありがとね!」
にこっと笑う。
「仕事…もう終わったの?」
「うん!たった今!あ〜、ほんっと疲れた〜!」
何事もなかったように会話を始める女子に驚いて密かに固まるシノ。
そこへ、
「おー痛ぇ…」
キバが顎だのお尻だのを擦りながら戻ってきた。
座っている2人を見てお互いふん!としたあと、元の席についたが、
「テウチさーん!アタシたちの分、キバにつけといて下さ〜い」
とサクラがしれっと言った。
「はぁ?!なんで俺が!!」
「あんた、アタシたちの悪口言ってたでしょ!」
「だからってなんで俺が!!」
「迷惑料よ、ラーメンで手を打ってやんだからありがたく思いなさいよ!」
そこへタイミングよくどんぶりが置かれた。つん!としながらキバとやりとりしていたサクラが、とたんにわぁ♪と目を輝かせる。
『…サクラさんて…ほんとに…可愛いなぁ…』
ヒナタは心から素直にそう思うのだが、ほんのわずかに顔が曇っていることに本人は気づいていない。
もともと心配性なヒナタは曇ったような表情をしていることが多いし、恐らくテウチやアヤメのように第三者から見れば、キバとサクラとのやりとりが本当の喧嘩に発展しないかハラハラしているように見えたに違いない。
しかし…
サクラは、今のようなやりとりを日常的にナルトとしているのだろうな…
そんなことをふと思ったのかもしれない…
シノが、ヒナタにさえ気付かれないくらいわずかに彼女に寄り添う。
「バカバカしい、誰が払うか」
瞬く間に残りを平らげたキバは、きっちり八班3人分だけの金をカウンターへ置き、
「次行こうぜ」
と、さっさと出ていってしまった。
「ちょっと!待ちなさいよ!キバーっ!」
サクラが立ち上がって叫ぶのを何度も振り返りなかなか出ていけないヒナタを、シノがそっと押す。
「あ…あの…ど、どうしよう…シノくん…」
「ヒナタが気にすることではない。それより急ごう。なぜなら今はキバに追い付くべきだと思うからだ」
シノの意見に頷きながらもヒナタはなかなか足が進まない。しかし、自分のためにご馳走してくれるという2人を今日は優先すべきだ、そう思い直して先を急いだ。
「キ、キバくんっ…!」
先に甘栗甘に着いて奥の席についていたキバを見つけて、ヒナタが店内へ、たっ…と駆け込んだ。
長い髪がさらっ…と涼やかな音をたてて揺れ、それに誘われるように思わず店の内外問わずその場にいる全員がヒナタを目で追ってしまう。
相変わらず野暮ったいスウェットを着て化粧っ気もないというのになぜ目が吸い寄せられたのだろう、皆がいぶかしがって首を捻るのを、キバもシノも互いにしか気付かないほど密かににやっと笑う。
そう、ヒナタはキレイになった。
顔形とかではなく、纏う空気が変わったのだ。
とはいえ、
「ご、ごめんね、先に行かせちゃって、お、遅れてごめんね…」
たどたどしく話す様子は以前とまるで変化がない。
いつんなったら垢抜けるんだろな、ったく…キバが呆れたように笑ったのを、遅れたことを咎めていると解釈したヒナタがますます恐縮する。
「ご、ごめんなさい…」
ぶっ、とたまらず吹き出したキバが、あはは!と笑い、
「ヒナタのリズムにゃ慣れてっから。もういーぜ」
立ち上がって自分の隣の奥の席を指さしながら座れよ、と促す。
許してもらった?と控えめに顔を輝かせたヒナタがいそいそとキバの隣に座る。
ヒナタが座るとシノが、椅子を少し動かしてやや奥にやり、キバの前に腰かけた。
お品書きを両手でもってうんうん唸っているヒナタは2人の阿吽の呼吸に気付かない。
「ヒナタ…どうせぜんざいを頼むと決まっているのになぜ悩む必要がある?」
シノが静かに声をかけると、ヒナタは慌てて、
「今日はっ、今日は…お品書き見たら…違うの食べたくなるかもって…」
顔を赤くしながら言い訳する。
「んなこと言って、違うの頼んだとこ見たことねーよ」
とキバがヒナタの手からお品書きを取り上げ、くるくると裏表をせわしなく眺める。
「キバ…目の前でやられると目障りだ…置くなり、片面ずつゆっくり見るなりしてもらえないか…」
「あ?どーせ磯辺焼きしか頼まねーやつが、なーに言ってんだか」
言ってる間もくるくると回し続けて、
「よっしゃ!!俺はスペシャルクリームあんみつ、に抹茶アイス追加で!それから、こっちはぜんざいと磯辺焼き、な!」
あっ!それいいな!ヒナタとシノがぴくっと反応するが、キバが勝手に2人の分も頼んでしまったので、
ヒナタはちょっぴり涙ぐみ、シノは小刻みに震えながら精一杯の抗議の意を示してキバを睨んでみるのだが、
「あ?どした?」
全く伝わらない。
違うのを頼んだところを見たことないのはキバのせいだろ!と言いたいが、大したことでもないわけだし…と結局は飲み込むのだ。
ふふっとシノと笑いあったヒナタは、何回かに一度はシノが試みるキバへの抗議を今日も始めたところを眺めながら、ふと、
3人で来てこんな奥の席に座るとは珍しいな、と思った。
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