炎が消え、わずかに残った枝の奥に熾火がちろちろとのぞくだけになった。
辺りに立ち込める闇に熾火以外がすでに取り込まれてしまっている。
熾火を見ているようで見ていない…何を見ているというわけでもないまま、二人はしばらくそこでそうして動かないでいた。
気がつくと遠くの草むらで虫の鳴く声がしている。
「なあ…」
かすれた、小さな声で、ナルトが言った。
ゆっくりと自分のおへその辺りへ掌をあて、
「これも…空に返しちまうか…?」
視線を動かさぬままヒナタに聞いた。
ヒナタはわずかに顔を動かしたが、ナルトの手を見つめたまま動けない。
「このキモチも…空に…返しちまう…か?」
ナルトの声が途切れがちになる。
ヒナタは目をぎゅっとつぶると、わずかに首を左右に振った。だが、声は出ない。
「ヒナタ…」
普段と違うナルトのかすれた声が、耳慣れないからなのかやけに遠く感じる。
それは発しているナルトにも同じだった。
「ヒナタ…」
確かめるかのように何度も呼ぶ。
「ヒナタ…オレ…」
ナルトは、お腹に当てた自分の手をじっと見下ろした。そこにはさっきヒナタから奪った短冊があり、さらにその下には…
九尾の封印式がある。
この身体の奥には、禍々しいチャクラを持つ尾獣が居る。
こんな…オレ…でも………?
口に出来ない問い。
「わ、私…!あ、諦めが悪いの…っ!」
突然ヒナタの細く高い声が響いた。
「あ、諦め悪いのっ…だから…だからっ…」
突然思いきって顔をあげてナルトをまっすぐ見つめて叫んだが、こちらを見たナルトの目がわずかに見開かれ、驚いてしまっているのだ…と認識したヒナタは、かすかに顔を歪ませたあとうつ向き、
「……や…やっぱり返して…ナルトくん………」
手を差し出して、蚊の鳴くような声で言った。
前髪が被さり、全く顔が見えなくなったヒナタを見つめていたナルトは、ゆっくりと…自分の唇の端が引き上げられてゆくのを感じた。
小刻みに震えているヒナタの掌。
顎が着きそうにうつ向いているヒナタは、泣きそうな顔をしているんだろう。ひょっとするともう涙がこぼれているか、それを必死にこらえているかもしれない。
そう思った瞬間に溢れ出た、胸を占める思いに戸惑うが、ナルトはわずかに目を細め、口角をさらに上げた。
この短冊を書きながら、星を切り抜きながら、短い髪を何度も揺らし、唇を引き結んだり、首をかしげたり、顔を赤くしたりしていたであろうヒナタ。
文箱の底から思いがけずこれを見つけて慌てたであろうヒナタ。
やっぱり…とか、どうしても…とか、でも…とか、顔を上げたり下げたりして思い返してくれたであろうヒナタ。
そうした姿のヒナタが、見たわけでもないのになぜかはっきりと思い描けて、ますます笑顔になる。
だから、ナルトは首をすくめて、くくくっ、と笑ったあと、
「…ヤダ」
と言った。
ナルトの笑った声を聞き、ヒナタはますます硬直し、伸ばした掌をぎゅ…と握り込んだ。
噛み締められた唇よりも、固く固く握り込まれた掌。
違う意味にとられた…そう感じたナルトは慌てながらもゆっくりとヒナタの掌へ手を伸ばし、やわやわとゆるく包み込みながら、
「ヒナタ…」
思いを込めて囁いた。
びくん、と身じろぎをするヒナタへ、
「ヒナタ…」
もう一度呼ぶ。
このキモチには、なんというナマエがついているのだろうか。
虫の声ですら涼を誘わない、風のない7月の熱帯夜に、涼やかな色合いのヒナタを見て沸き起こる思い。
握り込んだヒナタの掌はきっとすでに、それを包む自分の手はじきに、汗ばむだろうと思われるのに、離したくない。
「ヒナタ…」
ヒナタの肩が揺れている。
ナルトはヒナタの掌から手を離すとそのまま顔へと伸ばし、ヒナタの頬の辺りの髪を触った。
ぎこちなく幾度も髪を撫でたり指ですいてみたりする。
「ワガママ…言っていいか…?」
手を止ぬまま聞くと、ヒナタがわずかに頷いた。
「短冊ごと…短冊を書いたときのキモチごと……欲しい…んだ……けど…」
震えて上手く動かない指をぎこちなく動かし、ものすごい集中力を必要としながらやっとの思いで指を髪に差し込み、ヒナタの頬に触れた。
無意識にだったが避けるように動いたヒナタに、ナルトの顔が歪む。
「ヒナタの…キモチが…欲しい…んだ…ケド…」
ダメか…?
声にならない。
うつ向いたまま目を見開いたヒナタは、ナルトの指が自分の頬をもう一度はっきりと撫でたのを感じて顔を上げた。
ヒナタと目があって、ナルトが反射的に嬉しそうに破顔する。
おひさまのような、ヒナタがいちばんさいしょに好きになったナルトのえがお。
釣られるように知らぬ間に微笑むヒナタに、ナルトは益々微笑み…
もう一方の手を伸ばしながらヒナタの正面から、両手で頬を挟んだ。
「ヒナタ…好きだ…」
ごく自然にこぼれた言葉に、風が吹き抜けるような思いがした。
溢れ出た、行き場を求めて渦巻くキモチには、“いとおしい”というナマエがあることにも気がついた。
「ずっとずっと…そばに居て?」
語尾とともに首をかしげたナルトに釣られて同じく首をかしげるヒナタが、益々いとおしくて…
「大好きだってばよ…」
かすれた声でささやくと、やさしくヒナタを抱き締めた。
「オレのこと…ずっと好きで居てくれて…ありがとな…これからもずっとずっと…好きで居て…」
そうしたら…きっと…
腕を緩めてヒナタの顔を見る。
伏せられた目蓋を縁取る睫毛が、戸惑うように細かく震えている。そこへ、ナルトはやわらかく唇を押し当てると、そのままこめかみへと滑らせながら、ヒナタの頭に頬を寄せて再び抱き寄せた。
「ヒナタ…」
腕の中でヒナタが頷いたのを感じて、目を見開いたあと、心から嬉しそうに笑うと、
「ずっとだぞ…約束だぞ…」
本当に嬉しそうな声で頬をすり付けながら腕に力を込めた。
「オマエとなら…オレは…もっと強くなれる。もっと大きく、ずっとしなやかでいられると思うから…いつまでもオレを見ていてくれ。…いちばん近くで…」
抱き締めたヒナタの頭を撫でながら、目を伏せた。
虫の声だけが響く星空の下でふたり、呼吸を溶け合わせ、心を溶け合わせながら、いつまでも動かずにいた。
こうして重なりあうまでの日々を、思い起こすように。
取り戻すかのように…
おわり