「ヒナタ…」
立ったまま、ナルトは服の下に隠していた束を取りだし、ばさり…と、わざといくつかを炎の上に落とした。
「オレも…実は取っといてたんだ…。つか…捨てられなかった…」
声がわずかに震えるが、ナルトはつとめて明るい表情をつくった。
ひらり…ひらり…と舞い落ちて、炎に捉えられるや、めらり…とまた立ち昇るナルトの短冊たち。
ヒナタよりもつたない、ひらがなばかりの、文字だけが目立つわら半紙。
「気持ち…か…」
炎を眺めながらナルトはようやくヒナタの隣にしゃがんだ。
そこに書かれた言葉をいくつか読んでしまったのだろう、ヒナタは悲しげな表情で唇を震わせながらナルトを見る。
「ヒナタはすげーなァ」
ニカッ、と笑いながら自分を見るナルトに、ヒナタは身じろぎした。
ばさり…ばさり…と束で炎に短冊をくべながら、ナルトはしみじみとした声で続けた。
「オレさ…勘違いしてた。そうだよな、ほんとは乗り越えてる…はずだよな。甦ってくるキモチが辛くて辛くて、終わってねェって思っちまってたけど…違うよな!」
そう言ってまたニカッと笑いかけるのだが、ヒナタの悲しげな表情は変わらない。
「ヒナタ…」
ナルトはすこしだけ困ったように笑うと、
「ヒナタ、人の気持ちに敏感すぎなんだってばよ」
頭を撫でてやる仕草をした。
「ほんっと、相変わらず自分のすごさに鈍感だよなァ」
にこにこ笑いながら撫でる仕草を続けるので、ヒナタもうつ向いておどおどと視線を泳がせ始めた。
その様子を目を細めて眺めながら、ナルトはしばらくヒナタの頭を撫で続けた。
「キモチを…手放さなきゃ…だな…」
ナルトの呟きに、ヒナタもこくん、と頷く。
「さ!残り、全部燃やしちまおうぜ!ヒナタ、あとどんだけ残ってる?」
ナルトは片手に自分の短冊を持ったまま、ヒナタの文箱を除き込んだ。
「う、うん!」
慌てて箱に手を入れて全部を掴み出そうとしたところ一、二枚手からこぼれ落ちたので、ナルトは自分に近い方に落ちかけた一枚を拾おうと空いている手を伸ばした。
別の短冊に手を伸ばしながらふと振り返ったヒナタが突然慌てた。
「ナ、ナルトくん!それ、放っておいて!じ、自分で拾うから!」
ヒナタの言葉を疑問に思いつつも、短冊から目をそらさず追いかけたナルトは、炎から起きる風に煽られ舞った短冊を追って、数歩動いてそれを掴んだ。
薄い水色の折り紙で作られたその短冊には、いびつな形に切り抜かれた黄色い折り紙の星がふたつ並んで貼り付けてあったが、文字は何も書かれていない。
「ナ、ナルトくん!読まないで!」
間に合わなかったと知ったヒナタは小さな悲鳴をあげて益々慌てる。
『読まないでって…何にも書かれてねェけど…』
不思議に思ってよくよく見ると、並んだ星の隣に小さな小さな豆粒ほどの文字で、
“ナルトくんのお嫁さんになれますように”
と書かれていて、ナルトは固まってしまった。
「か、返して!ナルトくん…!」
駆け寄ったヒナタが引ったくろうとするのを手だけを動かして避けると、
「これは…オレが預かっとく…」
低くかすれた声で言うと、さっさとシャツをめくってズボンのへりに押し込んだ。
それを見て怯んだヒナタは泣きそうな顔になってしまう。
「ナルトくん…あの…あの…」
「続き…やろうぜヒナタ…火の始末…あるんだしよ…」
かすれた声のままもごもご言いながらさっとしゃがんで、自分の残りの短冊を一気にくべた。
ごうっ…と炎が勢いよく舞い上がる。
ぎゅっ…と握り込んだ手を口元にあてたまま泣きそうな顔をして立ち尽くしていたヒナタの顔の高さまで炎が届く。
一、二枚ほどが炎を纏いながら、ひるり、と舞い上がりかけ、追うように吹き上げた煙と風にとけて消えてしまった。
燃やすものが枯れ枝だけになり、炎はまた小さくなる。
「ヒナタ、残り…」
ナルトがしゃがんだままヒナタを見上げて手を差し出すと、ヒナタは立ったまままだ小刻みに震えながらおずおずと残りの短冊を渡した。
受け取りながらナルトはやさしく微笑み、手招きをして、座れよ、と促す。
泣きそうな顔のままのヒナタが隣にしゃがんだのを見てから、ナルトはヒナタの短冊を丁寧に一枚一枚火にくべた。
「ほんとは乗り越えてんのに…か…」
並んで炎を眺めながらぽつりともらす。
ナルトはもはや数枚となってしまった短冊をひらん…ひらん…と続けて手元から炎へと滑らせた。
ぱちぱち…と小さな音がして、最後の一枚が静かに燃え尽きようとしている。
ナルトはその行方を目で追いながら、両膝をついて空を見上げた。
ヒナタもつられて空を見る。
煙と共にすべての短冊が、そこに籠っていた気持ちが、空の星たちに吸い込まれて昇華していくように思えた。
「ヒナタはすげーな…」
えっ、とヒナタはナルトを見るが、ナルトは空を眺めたままだ。
「無くすんじゃなくて、忘れるんじゃなくて、手放すって思いつく…。ヒナタのすごさとか強さって、そういうとこにあんだよな」
褒められたことは理解したが、どうしていいのかわからないと言わんばかりの表情でおろおろするヒナタに、目線を向けてからゆっくりと顔を向けてナルトは笑った。
「なかなか出来ねぇよ。尊敬する!」
ニシシシシ!と笑う。
「そ、そんな…そんなこと…ない…」
先程までのやわらかな自信をたたえた姿から一転していつものおどおどしたヒナタに戻ってしまったことに、ナルトはわずかに顔を歪めて苦笑する。
「ヒナタ…ありがとう」
「えっ?!」
突然のお礼に、今度はヒナタが困惑した。
「今日…来て良かった。声かけてくれて…ありがとな」
ナルトの微笑みに、ヒナタは目を伏せた。
「うううん…私の方こそ…ありがとう…」
「うん…ありがとう…」
ぱち…とはぜた音がして、小枝の山が傾いだ。