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翌日。
日が暮れだした頃、のろのろと約束の場所へ向かうと、ヒナタはすでに来ていて、ナルトを見るとにこりと笑った。
足元には紙で出来た文箱と枯れ枝の小山とがあり、準備はすっかり整っている。

「ナ、ナルトくん…昨日はありがとう」

ナルトが前に立つと、ヒナタはまず昨日の礼を言った。

「へっ?昨日?!昨日がどうした?!」

出し抜けに昨日の話からとは、あまりにも予想外だったためナルトは、ぽかん、と口を開けたアホ面を晒した。

「キバくんの誕生日会…来てくれて。賑やかになって嬉しかったの」
「あ…。いや…それ、ヒナタが礼を言うことじゃねェだろ…」

思いがけない言葉に面食らい、しどろもどろになる。

「それから…今日はありがとう」

次いで今日のお礼を、綺麗なお辞儀とともに告げられ、さらにまごまごする。

『ヒナタってば…相変わらず、独特の調子だなァ…』

ナルトはこっそりと顔をしかめた。

「?」

お辞儀を終えて顔をあげたヒナタが不思議そうに首をかしげたので、なんでもない、と言うように笑顔をつくると、ヒナタもほっとしたような笑顔になった。

「じゃ、じゃあ…早速始めるね…」

ヒナタがしゃがみ、枯れ枝に火をつけた。

ぱちぱち…という小さな音をさせて控えめな炎が上がる。
ヒナタが枝を足したり、様子をみたりしてほどよい炎になるよう調節しているのを立ったままぼんやりと眺めている間にも、ゆっくりと日は傾いていく。

「もういいかな…」

ヒナタが傍らの文箱を開けた。中を見て、ナルトは目を見開いた。

名門のお嬢さまらしく、色とりどりの千代紙か、箔が散らされた和紙などが出てくるかと思ったのに、そこにあったのはよく見かける折り紙で出来た短冊ばかり。

ヒナタはそこに手を入れていくつかまとめてつかみ出すと、一枚一枚火にくべはじめた。

ひらり…ひらり…と炎に飲まれていく紙に書かれていたのは、

 “つねに重心がぶれないようになりますように”

 “早く足のうらの皮がむけなくなりますように”

 “もっと早く反応できるようになりますように”

どれも修行にまつわる小さなことばかりで、厳しい鍛練の日々を思い起こさせた。

「基礎中の基礎ばっかりで…恥ずかしいな…」

ふふ…と控えめに笑いながらヒナタが言うが、確かに同じ内容の短冊が何枚も出てきて、上達の遅さも伺えた。

ふと、文字が変わったか?と思われた瞬間目に飛び込んで来はじめたのは、

 “ネジ兄さんと元のように仲良くなれますように”

 “昔の父さまにまた会えますように”

 “ヒザシおじさまがごぶじでらっしゃいますように”

苛烈な内容が続きナルトは息を飲むが、悟られないよう必死に堪えた。
しかしヒナタは淡々と短冊を火にくべ続ける。
よく見ると、わずかに微笑んでいるようにさえ見えた。

しゃがみこむタイミングを逸してしまって、失礼かなと思いながらも立ったまま見ていたナルトは、文字が滲んだ短冊もいくつかあるのをみつけて、ぼんやりと、ヒナタも泣きながら書いていたのかもしれない…と思ったりした。

火のはぜる音と、ヒナタが短冊をさばく音だけが、薄闇の降り始めたこの場に続く。

ひらり…ひらり…と永遠に失われていく文字を読むことをやめて、ぼんやりとただ眺めていたナルトは、自分の気持ちが凪いでいることに気がついた。

昨日帰り道に噴き出した嫌な気持ちは、今日ヒナタの顔を見てもなお燻り続けていたというのに、いきなりの昨日のお礼に一瞬のうちに消え去っていたことにさえ、今気づいた。

ナルトが口を開こうとしたそのとき、

「ほんとはね…ほんとに乗り越えてるの…」

ヒナタが小さな声で呟いた。

「叶わなかったこともたくさんあるし、読めばあの頃の気持ちを思い出して悲しくなったりもしたけど…ほんとは乗り越えてるの…」

淡々と、炎を眺めながら呟く。

「叶ったこともあるんだから…気持ちも乗り越えなくちゃ…って…」

ぱちん!と大きくはぜた音がしたので、驚いたヒナタの身体が揺れて言葉が途切れた。

「あの頃の気持ちばかりにとらわれちゃダメだって…思ったんだ…」

のんびりとそう言うと、ヒナタは炎から煙へと視線をうつし、そのまま空を見上げた。
降り注ぐというより、やさしく覆ってくれるかのように広がる星空。

「空に返してしまえば…それで、空が知っててくれたら…それで大丈夫だ…って気がして…」

それから、ようやくナルトを見て、照れくさそうに肩をすくめて笑った。

「いちいちこんなことが必要だなんて…おかしいでしょ…?」

ヒナタはまた炎へと顔を向けた。穏やかに微笑むヒナタの横顔を、淡い炎がゆらゆらと照らす。


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