<* 花よりほかに *>
やさしくて、はかなげで、どこかものさびしいと思っていたこの花が、
むせかえるほど華やかで、鮮やかな花だと知ったのは、
いつだっただろうか。
ひら…
ひら…
舞いおちてくる花びらを、ヒナタは庭にしゃがんで一心に拾い集めていた。広げて置いた白いハンカチに、集めた花びらを丁寧に並べている。
遠くの広間では盛大な宴が催されていて、そのさざめきがヒナタのいるこの小さな坪庭にまで聞こえてくる。
広間に面した大きな庭に植えられた、それは見事な桜の大木が今を盛りと咲き誇り、それを愛でながら一族全員が集まって楽しく過ごしているはずだった。
宴となると上座に据えられてそこを動くことを許されぬのが嫌で、毎年座敷の一番奥から、遠すぎてそして自分の居る位置と庭の明るさが違いすぎて、輪郭のぼやけた桜しか見ることが出来ないのが悲しかったのだが、
いつから…ここでこうしてひとりで過ごすことを、咎められなくなったのか…
ヒナタは、ひらひらと花を散らす、坪庭に植えられた細い桜を見上げ、小さく微笑んだ。
ヒナタは桜が好きだった。
群れて一斉に花開けば、美しく空を染めるこの花が、 散るときは一枚一枚繊細に花びらを落とす。拾い集めた花びらは淡々とした色しか宿しておらず、置かれたハンカチの白に溶け込んでしまいそうなほどだ。
咲けば大勢に誉めそやされるが、
散ればたちまち見向きもされぬ。
花を落とせば次に咲きほころぶ気配を見せるまで、まるで省みられることはない。
そして…
ほろほろと涙をこぼすように散る…
花の季節を過ぎても、桜はただそこにあり、違う美しさを見せているというのに、
夏の青葉も、秋の紅葉も、冬枯れの見事な枝振りも、誰も見向きもしない。
ヒナタは桜が大好きだった。
まるで自分のような花だと思っていた。