麻衣がもし妖アパ住人だったらver


▽長編をはじめる前に書こうとしていた未完成の短編。この夢主は元々妖アパの住人で成人済みです。

 きっかけは、何気ない一言だった。
 夕士は喉の渇きを覚えて席を立った。キッチンカウンター越しに中の様子を覗き込むように伺う。るり子は忙しそうに洗い物をしていて、夕士は邪魔をしないようにそそくさと台所に入った。冷蔵庫から麦茶ポットを取り出す。
 目的を達成した夕士は麦茶ポットを持って席に戻ろうとして、キッチンカウンターを横切った際に目に入った物にあれ? と首を傾げた。
「どうしたの、夕士くん」
 立ち止まったっきり動かない夕士に気付いた詩人が声をかけた。古本屋の話に笑っていた画家も、なんだ? と固まっている夕士に視線を寄越す。
「あの。……もしかして、これ」
 夕士の視線の先には、植木鉢の隅に隠れるように淡いピンク色の包みがちょこんと置かれていた。
 不思議そうにこちらを見つめるアパートの住人達によく見えるようにと、食卓の真ん中にひとまずそれを置いて夕士は自分の席にやっと座った。コップに麦茶を注ぎ、喉の渇きを潤してから口を開く。
「麻衣の弁当じゃないッスかね?」
 夕士の様子を気付かれないように注視していた大人達は、今度は真ん中に置かれた弁当包みに注目した。
「あら。……うん、麻衣ちゃんのだねえ」
 しげしげとピンク色の包みを確認した詩人が肯定する。
「秋音のと色違いでお揃いなんだっけか? 前に嬉しそうに話してたから覚えてるわ。秋音の弁当はオレンジ色だから消去法で麻衣のだろ」
 麻衣は誰とでも仲良しだが、特にるり子や秋音やまり子などの住人達の中では数少ない女性陣に懐いている。
 古本屋も間違いないと断言した。
「……確か、麻衣は今日一日バイトで夜まで帰って来ないって言ってなかったか?」
 難しい顔で画家が腕を組む。ふよふよと浮かんでいたまり子も、画家の言葉を裏付けるように頷いた。
「うん。昨日の夕飯の時にるり子にそう言ってたわよね」
「えええっ、じゃあ麻衣の奴っ昼抜きって事ッスか!?」
 宅配のバイトで肉体労働の辛さを知っている夕士が、情けない声を上げる。
 麻衣は勤労学生だ。お腹一杯美味しいご飯が食べられるなんて幸せだーっ、と前に住んでいたアパートが老朽化の為取り壊しとなり、夕士同様困っていた所を導かれるように寿荘の住人になって初めての食事の時、紅茶色の瞳を潤ませていたのは記憶に新しい。
 大人達は渋い顔を見合わせた。
「届けてやりたいがちょっくら俺は出掛けなきゃならねえしな……」
「アタシも締め切りが近くて缶詰め状態だし……」
「俺はそろそろ顧客との約束の時間なんだよなあ……」
 男達のため息が重なる。
「うあー…。俺もこれからバイトなんスよね……!」
 がっくりと夕士が肩を落とす。自分が一度は離れた妖怪アパートに戻ってきてから次に入居したのが麻衣だ。彼女には辛い過去があり、でも普段はそれを感じさせないようなあたたかい笑顔と明るさを持っている。一つ年下なこともあってか、夕士は新しく出来た妹分をそれは可愛がっていた。
 世間一般の常識からかけ離れた特殊なアルバイトで生活費を稼いでいる麻衣は、妖怪アパートに慣れない内は怖がってはいたものの、最初から偏見はなかった。
 妖怪達や害のない幽霊達とも次第に打ち解けて、今では貞子さんに笑って挨拶出来る迄になっている。るり子の丹精込めた手料理に感激し、クリのことも暇があれば何かと構って可愛がっている。
 今時珍しいほど真っ直ぐで素直な子、というのが大人達の概ねの見解だ。
「せっかくるり子が作ってくれた絶品弁当なのに……。食べられないなんて可哀相だわ」
 幽霊であるまり子は寿荘の特殊な環境は別として、外に出てしまえば物体に干渉出来ない。つまり物に触れられないのだ。まあ、もし物を持てたとして力のない者からすれば独りでに淡いピンク色のお弁当包みが宙に浮いていることになるのだから、大変な騒ぎになって麻衣に届けに行くどころではなくなるだろうが。
「どうにかならないかしら」
 まり子が悩ましげに頬に片手を添えた時。鶴の一声がリビングの入り口からした。
「なら、わたしが届けてこようか?」
 彼女は寝起きのまま、
「あら、なまえちゃん。寝てたんじゃなかったの?」


「化粧してから出るから、お昼ぎりぎりになっちゃうね」
「すれ違いに」
「夕士くんと一緒で麻衣ちゃんも携帯持ってないからなあ」

「只でさえ欠食児童気味で華奢なんだから、お腹一杯食べさせてあげたいしね!」

「ところで、麻衣ちゃんは今日どこに行ってるの?」
「それとこれ差し入れね」
「ええ! でも、いいの……?」
「子供は余計な気を回さない! 素直に喜んでくれた方が嬉しいんだけど?」
「っ……うん!」
「良かったら皆さんでどうぞ」
「栄養つけないと、身長伸びないよ?」
「ひ、人が気にしていることを〜〜」

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