06.むっつ、無味無臭で無愛想


 明くる朝、挨拶を交わしながら何気なく教室内を見渡してぎょっとする。
 麻衣ちゃんはどよんと疲れた空気を醸し出していたが、それに気付いていないらしい熱心な仲良し三人組に質問攻めにあっていた。
「おはよう。……隈すごいけど、大丈夫?」
 私はさり気なく自分の目の下をとんとんと軽く叩いた。祐梨ちゃん達は麻衣ちゃんの顔をまじまじと見つめると、まるで肉食獣のようだった雰囲気が一転する。
「ほんとだ」
 恵子ちゃんは心配そうに頷いた。
「疲れた顔してるねー」
「麻衣、目の下すごいよ」
 ミチルちゃんも気遣うように眉尻を下げ、祐梨ちゃんは青白く浮かんだ隈を上からなぞるように空中で指を動かした。
「ははは、まーね。ナルシストにこき使われて大変だよ」
 ん? ナルシスト?
 話の流れについていけず私は首を傾げるも、他の三人は納得したように頷いていた。
 時計を見たらぎりぎりだったので四人に声をかけると、それぞれ自分の席に向かった。私は鞄を下ろして授業の準備に取りかかる。隣の席に戻ってきた麻衣ちゃんは、ありがと、と小さい声でお礼を言ったのでどういたしまして、同じく小声で返しておいた。


 お昼休み、るり子さんお手製のお弁当を食べながら喋る内容は専ら麻衣ちゃんのお手伝いについてだ。
 ちなみにナルシストとは渋谷さんのことだった。
 麻衣ちゃんは心の中でナルシストのナルちゃんと呼んでいるらしい。うっかりぽろっと本人の前で言ってしまいそうだなと、私は笑いを堪えながらひっそり思った。
「SPR?」
 飛鳥も当事者だしと気になるでしょ、と麻衣ちゃんは声を潜めてリンさん達の正体を教えてくれた。
「そう。渋谷サイキックリサーチを略してSPRなんだって。……ちなみに飛鳥って幽霊とか信じてる?」
「そうだなあ……」
 信じるも何も日常的にアパートで接してるからね。偶にふらりと現れる貞子さんにはまだちょっと慣れないけど。
「うん。私には分からないけど……きっといるんじゃないかな」
 アパートの外では一度も心霊現象や、幽霊に出くわした事はないけれど、私に見えないだけで実際はうじゃうじゃいるのかもしれない。
「……そっか!」
 麻衣ちゃんはほっとしたように笑った。
 SPRは科学的に心霊現象を調査するところで、旧校舎で起きている現象は果たして幽霊の仕業なのかどうかを調べているらしい。
「へえー。そんなに霊能者の人達が集まってるんだ」
「そーなの」
 どうやら私達のクラス委員である黒田さんも首を突っ込んでいるようで、幽霊見える人だったんだ、と私は滅茶苦茶びっくりした。でもため息混じりに麻衣ちゃんが話してくれた内容からすれば、個々の意見がそれぞれ真っ向から対立しているせいで、現場の空気はぎすぎすしていて何とも居たたまれないらしい。
「……大変なの? お手伝い」
 元気がない様子に思い切ってずばりと聞いてみたら、麻衣ちゃんはへにゃりと口角を緩めてああ違うの、と苦笑した。
「……実は助手さんに機械の指示を仰いでるんだけど、あたしチンプンカンプンで。やるからにはちゃんとお手伝いしたいから頑張ると、余計空回りしちゃってて。……ため息吐かれるの、地味にキツいんだ」
「そっかー…。私、機械系は得意分野だから麻衣ちゃんと一緒に手伝えたらいいな」
「……マジで?」
「マジだよ」
 大きな瞳を猫のようにきらんと輝かせた麻衣ちゃんは、しかし飛鳥は怪我人、飛鳥は怪我人と繰り返し自身に言い聞かせていた。
 苦労している麻衣ちゃんを見ていると、歯痒い気持ちが沸々と湧いてくる。こうやってお昼を食べながらゆっくり話を聞いているけれど、麻衣ちゃんは負い目があるのか本音を大分ぼかしてオブラートに包んでしまっている。
 仕方ない。小さなことからコツコツと、だ。私はとっておきの呪文を囁いた。
「……私の唐揚げ一個食べる?」
「えっ。……いいの?」
「うん。遠慮なくどうぞ」
「ははーっ! 有り難き幸せに御座りまする」
 総菜パンをもそもそかじっていた麻衣ちゃんは、途端に私を拝みだした。何を隠そう麻衣ちゃんはるり子さんの絶品料理の虜なのだ。勿論私もだけど。
「あ、これも食べる? 珍しく上手く出来たって褒められたんだ」
「やった! ありがとう」
 麻衣ちゃんは私がるり子さんに教わりながら作った卵焼きを嬉しそうに食べた。
 私は一度興味を持つと極めたくなる性分で、るり子さんの手間暇かけた丁寧な食事作りに深く感銘を受けた。早速るり子さんに頼み込んで少しずつ基礎を教えてもらっている。マイブームは料理という訳だ。
 ――高校に入って最初に仲良くなった友達のお昼がいつ見てもコンビニのパン一つか、おにぎり一個なんです。
 一緒に台所に並んでいる時に私が何気なく口を滑らせると、栄養管理に人一番気を使っているるり子さんは多大なるショックを受けたようで。大きめのお弁当箱に白米の量はそのまま、おかずを多めに作って詰めてくれるようになった。
 最初は遠慮していた麻衣ちゃんも、一人じゃこんなに食べられないと私が大袈裟に嘆くとしょうがないなあ、と満面の笑みを浮かべて差し出した割り箸を受け取ってくれるようになった。
 多分、麻衣ちゃんの中のるり子さんの印象は良かれと思ってお弁当いっぱいにぎゅうぎゅうとおかずを詰める、困った人なのだろう。その辺はあえて訂正しないでね、と流麗な文字を綴ったるり子さんは案外策士なのかもしれない。


「じゃ、また明日!」
「ばいばーい」
 SHRが終わるや否や教室を飛び出そうとした麻衣ちゃんは努力虚しく三人組に捕まったけれど、宥め賺して今度こそ教室を飛び出して行った。
「よし、私も頑張りますか」
 るり子さんから渡されたメモを見つめて、私は帰り支度を済ませると足早に教室を出て行った。

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