05.いつつ、厭らしさの必要性


 お風呂上がり、背中に病院から処方された湿布を秋音ちゃんに貼ってもらいながら、私は愛あるお小言を頂戴していた。
「まったく。飛鳥ちゃんも意外と無茶する子だったんだね」
「なんか咄嗟に体が動いちゃって……」
 まごうことなき事実だが、意図せず言い訳がましくなってしまった。
 秋音ちゃんは鷹ノ台高校に通っている、二個上の高校三年生だ。人間の女の子で、私にとってはお姉さん的存在でもある。
「もう、女の子なんだから。気をつけないと駄目だよ?」
「……うん」
 私が怪我したことを知った秋音ちゃんは、快く背中の湿布張りを買って出てくれた。
「……と、これで終わりかな。もうパジャマ着ていいよ」
「ありがとう!」
 私は湯冷めしない内に、背中の打撲に触らないように注意しながら慎重にお気に入りの小さいハート柄のパジャマを羽織った。急いで前のボタンを留める。
 部屋の壁掛け時計を秋音ちゃんがさっと見上げた。
「よし、そろそろ夜勤行ってくるね」
「じゃあ、玄関まで見送る」
 秋音ちゃんは中学卒業と同時に表向きは普通の病院に奉公に出されたらしい。その実態は妖怪科のある人外を見る専門の病院で、彼女は日中は高校へ行き、夜は病院へ働きに行くなかなかハードな生活を送っている。その上夕士くんの朝の修行にも付き合っているらしいから、平均睡眠時間はどのくらいかなんて考えるのも恐ろしい。
 けれど疲れた素振りを一切見せない、パワフルで可愛い憧れのお姉さんだ。
 自室を出ると、階段を降りて一緒に玄関に向かう。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい! がんばってねー」
 ぶんぶん手を振りたいのを我慢して、笑顔で見送った。
 後ろ姿が完全に見えなくなった所で踵を返す。忙しい秋音ちゃんに合わせて先にお風呂に入ったから、夜ご飯はこれからだ。私はぺこぺこなお腹を満たそうと、食堂を目指した。


◇ ◆ ◇



 学校に登校すると昨日の件に関して先生からキツいお説教はあったものの、故意にサボった訳でも、増してや授業を休んだ訳でもないことになっていた。
 考え込んでいたリンさんが何かしらの手を打ってくれたのだろう。
 それに密かに感謝して、私は申し訳なさそうに小さく挨拶してきた麻衣ちゃんにおはよう、と満面の笑みを返した。眦が若干赤い彼女はほっとしたように笑うと、いつも一緒の三人組に取り囲まれて、更には黒田さんとも何か話し込んでいた。
「お願い! ノート写させてください!」
 私は昨日結果的に授業に出られなかったので、同じクラスの友人に頼み込んでノートを借りた。
 お礼としてパイン飴をあげたらラッキー! と大げさに喜んでくれたので、こっちまで嬉しくなる。
 がりがりと一心不乱にノートを模写する傍ら、漏れ聞こえてきた会話によると、どうやら渋谷さん達は校長の依頼で旧校舎を調べにきていたらしく、カメラも調査の為に設置していたらしい。私は話の流れから壊してしまったかもしれないと悟り、冷や汗を流した。
 話が一段落ついたのか、隣の席に腰を下ろした彼女に私はこそっとカメラについて訊ねてみた。案の定靴箱に巻き込まれて倒れた拍子に壊れてしまったみたいで、その弁償として放課後渋谷さん達のお手伝いをして賄うらしい。すごい高いらしいの、と遠くを見つめる麻衣ちゃんに私は首を傾げた。
「私も働いて返さなきゃじゃない?」
 なにせ私も壊しちゃった側の人間だし。
「いやいや! 飛鳥は怪我人なのにそんなことさせられないよ! て言うか助手さんが絶対許さないと思うし……!」
「そうかなあ……」
 私は半ば本気だったが、麻衣ちゃんは頑として首を縦に振らなかった。
 どうやら先生達に話が回っているようで、午後の体育は強制的に見学だった。いや、確かに集団行動みたいに楽なようでいて地味にキツい運動はこの状態では難しいだろう。腹ごなしに体を動かして、眠気を吹き飛ばしたかったな。
 しかし、授業を始める前に全治一週間の怪我をしたので樋口は見学だ! と無駄に大きな声で体育の先生が告げた時のクラスのどよめきと遠目からでも分かるほど青褪めた麻衣ちゃんの横顔に、先生えええ!! と、隅の方でぎこちなく体育座りしていた私は内心絶叫していた。
 授業が終わってからというもの好奇心たっぷりに怪我は大丈夫かと聞いてくる子達や純粋に心配してくれている子に答えていたら、いつの間にか放課後を迎えていた。
 ミチルちゃん達はいっそ美術品のような素晴らしく造形の整った渋谷さんに会えるのが羨ましいらしく、しきりにずるいを連呼していた。
 私は戦地に赴くような顔をしている麻衣ちゃんに頑張って、と痛めた肩に負担をかけないように軽く手を振って見送った。
 ……何か、差し入れでも持っていってあげたいな。

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