02.ふたつ、振り払いたい柔らかさ


 真新しい制服はセーラー服だ。
 中学校はブレザーだったから、毎朝袖を通す度に心が浮つく。
 洗面所で髪の毛と格闘するも早々に諦めて、眉下で真っ直ぐ切り揃えた前髪の寝癖を入念に直すと、私はサイドで髪の毛を纏めて一つに括った。支度が整ったら食堂に向かう。
 朝の食堂は人間と幽霊、妖怪達が入り混じりとても賑やかだ。
 我関せずゆっくり食事をとる作家の一色さんに画家の深瀬さんと、食べ終わって忙しそうに席を立った妖怪でありながら大手化粧品会社に勤める佐藤さん。朝から修行に精を出してお腹がぺこぺこらしい一つ上の夕士くんと、相変わらず惚れ惚れするほどすごい食いっぷりの秋音ちゃんは、山盛りに注いだご飯をお代わりしている。
「おはようございます」
 異口同音の挨拶に答えて、私はるり子さんから朝食の載ったトレイを受け取った。
 私は朝ご飯をしっかり食べる派だ。きちんと食べておかないと、三限目辺りからお腹が鳴り出して非常に恥ずかしいを思いをする。
 私はご飯粒一つ残さず食事を終えると、カウンターに食器を下げに行った。
「今日も美味しかったですー」
 てきぱきと食器を洗っていた宙に浮いた白い両手が、途端にもじもじするのに笑って私は食堂内を見渡した。
「それじゃ、行ってきまーす」 
 行ってらっしゃい、と住人達が口々に笑顔で送り出してくれた。


 散り始めの桜並木を通り、私は校門を潜り抜けた。
「……あ」
 校舎に向かって歩いていると、友達の姿らしき人影を遠くに捉えた。
 多分あれは、授業初日に行われたLHRの席替えで隣になった麻衣ちゃんだ。AO入試で合格し、知り合いが一人もいなくて緊張していた私に、同じ外部入学生である彼女は気さくに話しかけてくれたのだ。全体的に色素が薄く、自前らしい茶髪と紅茶色の瞳をしたショートカットの明るい女の子で、高校での友達第一号である。
 近づいてみるとやっぱり麻衣ちゃんだった。
 私が声をかける前に、彼女はふらふらと校舎へ続く道から逸れた。方角的に、そっちは旧校舎の方だが……。危ないから生徒は立ち入り禁止だと、退屈な全校集会の時に校長先生が言っていた気がする。
 私は嫌な予感を覚えて、慌てて華奢な後ろ姿を追い掛けた。


「麻衣ちゃん!」
 寂れた旧校舎の玄関から建物の中に侵入した麻衣ちゃんを追って、私も恐る恐るその後に続いた。
「あ、飛鳥。おはよう!」
「おはよう。……ところで、麻衣ちゃんはここで何してたの?」
 麻衣ちゃんは途端に悪戯がばれた子供のように、罰が悪そうな顔をした。
「飛鳥も誘われてたから知ってるだろうけど……昨日あれから恵子達と放課後に怪談をやったの」
「……あー、用事があったから断っちゃったあれか」
 肝試しやこっくりさんなど素人が行う降霊会は、正式な手順を踏んでいないものが多いらしい。その分良くない霊も寄ってきやすい、と以前秋音ちゃんが話していたことが頭に浮かび、丁度放課後用事もあったことから恵子ちゃん達の誘いを断ったのだ。
 夜ご飯の時にその話をしたら、プロの霊能者を目指して驀進中の秋音ちゃんだけじゃなく魔導書の主人になって以来幽霊を目撃するようになった夕士くんや、独特な品揃えで怪しげな雰囲気満点の骨董屋さんにも断って正解だったって太鼓判を押されて、私は安堵したんだけれど。
「その時にミチルが旧校舎に纏わる話を披露したんだ。それを思い出して何となく窓越しに覗いてたら……これが見えたの」
 麻衣ちゃんは言いながら埃が降り積もる薄暗い室内の一角を指し示した。
「……あれ、それってもしかしてカメラ?」
「うん。なんか厳ついし、物々しいコードが沢山繋がってるでしょ? あたし気になっちゃって……」
 父は職業柄カメラにもこだわりがあるらしい。聞いてもいないのに喜々として薀蓄を垂れる父の元で育ったのだ。私はどちらかと言えばその仕組みの方に興味があったので、ばらしていいか尋ねては全力で拒否られてきた前科を持つ。つまり、カメラの性能については素人も同然だ。
「カメラの事は先生に聞くとして、この建物明らかに古いし危ないから、一旦外に出よ?」
 私は常の性で分析し始めた頭をむりやり切り替えた。
 興味津々といった様子で設置されているカメラに麻衣ちゃんが手を伸ばしたので、私は諌めるように制服の袖を軽く引く。
「うーん……それもそうだね」
 麻衣ちゃんは諦めたように手を下ろした。
 その時だった。
「誰だ!?」
 私達の背後から鋭い男の人の声が聞こえたのは。
 私はびくりと身をすくめて固まり、麻衣ちゃんは文字通り飛び上がって崩れかけた靴箱に激突した。
 そこからは不思議とスローモーションのように、全てがゆっくりに見えた。
 ぶつかった衝撃で傾いてきた靴箱、横っ飛びに避ける麻衣ちゃん。
 でも、後ろの男の人は?
 私は間髪入れず身を翻すと、驚愕を貼り付けた顔で立ち尽くす男の人の元にダッシュで飛び込んだ。そして勢いを殺さず、思いっきりその体を突き飛ばす。
 巻き添えをくらってドミノ倒しのように靴箱と一緒に私の方へと倒れ込んでくるカメラ。
 逃げなきゃ! でも、間に合わない!
 私は襲い掛かってくるであろう衝撃に耐えるべく咄嗟に頭を抱えて縮こまった。
「……うそ、飛鳥? やだああ! 飛鳥!!」
 遠くで麻衣ちゃんの泣きそうな声が聞こえた気がした。

top next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -