15.触れたら弾けるから気を付けて


 人間か、霊の仕業か。どっちの可能性が高いと思う?
 家具たちを片付けた延長線上で機材の設置も手伝ってくれていたぼーさんが、渋谷さんに問いかけると。
 渋谷さんはさあ、と言葉を濁して綾子さんのように断言はしなかった。
 私はリンさんの指示に従い、居間に設置した機材達のコードを黙々と繋いでいると、唐突に麻衣ちゃんが頓狂な声を上げた。
「あれ? ビニールテープ、知らない?」
 視線をやると、床を撫でる麻衣ちゃんをぼーさんと所長が意味深な沈黙と共に見ていた。
 一応ポケットを探ったが、残念ながら持っていない。
「ごめん。持ってないや」
「ああ、うん。可怪しいなあ……」
 首を捻る麻衣ちゃんが所長から予備のビニールテープを受け取り、コードを束ねだしたのを見届けて私は機材に向き直る、と。
「えっ?」
 今度は私が素っ頓狂な声を上げる番だった。
「どうしました?」
 近くでカメラの位置を調整していたリンさんが真っ先にたずねてくる。
「あの……これ」
 さっき二人で機材に繋いだばかりのコードが全部外れている。それも複数台分。私は促すようにこちらを見るリンさんを見上げて、外れたコネクタ群の山を指差した。
 ノートパソコンから顔を上げて近寄ってきた渋谷さんがそれを見て、不快そうに眉間に皺を刻む。やがて、忌々しげなため息を吐いた。
「厄介だな……」
 応接間で改めて一人ずつ質問という名の事情聴取を所長がした際に見せた、典子さんや香奈さんの歯切れの悪い口振りは、こういうことなのかもしれない。
「だねえ。この調子じゃ、いつまで経っても機材の設置、終わらないよ」
 気味悪そうに腕をさする麻衣ちゃんをそうじゃない、と渋谷さんは一刀両断だ。
 仕方がないのでリンさんと手分けして一つずつ接続し直し、ようやくそれも一段落ついて下を向いていた頭を上げると、麻衣ちゃんがむすっとした顔をしていた。
「……二個目」
 リンさんが自分の分のビニールテープを差し出す。それぞれが黙々と作業に戻るがそう時を待たずして、再び腑に落ちない声が上がった。
「……三個目」
「ついでにドライバーも消えたよーです」
 うわ、ぼーさんのもか。
「ごめんなさい、私のも消えました……」
 私は手元から消えたマイナスドライバーを探していて、見つからないので仕方なくリンさんから新しいのを丁度受け取ったばかりだ。
「うへえ、飛鳥のも消えたんだ。ほんといい加減にしてほしいよ。……やっぱり、これってあり得ないよね?」
「うん」
 私はこっくり肯く。
「床下に、借り暮らしの小人でもいるんじゃねえか?」
 あの有名な外国の児童書みたいに?
 力なく三人で笑いあい、作業に戻ろうと後ろへ振り返ると、麻衣ちゃんの足元の近くにビニールテープが三個、きれいに積み上げてあった。
 うわあ。やな感じぃ、と呻いたぼーさんに私達は全力で首を縦に振る。
 こんなことが昨年引っ越してから続いてたんじゃ堪らないよなあ。これ見よがしにせせら笑いながら意地悪されてるみたいだ。
「みんな神経質になるはずだよね……」
 些細なことでも悪い方に、悪い方に想像していった典子さんの姿が脳裏に蘇った。
「これが続いたら確かに堪らんわ。怖かねえけど、気分がささくれるんだよな」
「私だったら、些細なことで苛々しちゃいそうです」
 だな、とぼーさんは頷き、次いで所長の方を見た。
「どうした? えらく考え込んでるじゃねえか」
 渋谷さんは問いかけにも答えず無言のままだ。しかし、ぼーさんはめげずに話しかける。
「なんか気になることでもありかえ?」
「……反応が早いとは思わないか?」
「はあ?」
 ぼーさんが訝しげな声を上げる。所長は億劫そうに眉を顰めた。
「心霊現象というのは、部外者を嫌う。無関係な人間が入ってくると、一時的に鳴りをひそめるものだ」
「そういや、そうだが」
「そういうものなんですか?」
 寿荘の中に初めて足を踏み入れた時には色んな洗礼を受けたけどな……。主にあくの強い住人(幽霊、妖怪、人間とその他諸々)達に。
 それとはまた性質が違うのかと疑問に思って反応すると、所長は私に一瞥をくれるのみで、ぼーさんに視線を投げる。じーっと茶髪の僧侶を見上げると、答えを丸投げされたぼーさんは苦笑して、代わりに説明してくれた。
「まあな。――テレビでよくあるだろう。幽霊屋敷に取材に行ったりしてさ。怪現象の頻発する恐怖の館、とか仰々しく紹介しても、たいがい何も起こらない」
「たしかに、そうですね」
「なのにいきなり諸々かましてくれるわけな。しかも聞いていたのよりも起こることが派手だ。強い、と言うべきか」
「そうだね。典子さんたちの話じゃ、細かいものが動くって話だったのに……」
 そう言ってみんなで力を合わせて直した家具たちを眺める麻衣ちゃんに、私も倣った。話に聞いてたものよりも、随分スケールが大きい気がする。
「どう解釈する?」
 渋谷さんに問われたぼーさんは、幾分真面目な顔で腕を組んだ。
「普通は反応が弱くなるもんなんだよな。すげえラップ音がすると聞いて行ってみると、軋み程度。それさえ初日は確認できないことが多い。第三者が入ると一時的に反応が消える、あるいは弱くなる。それで被害者は、被害を訴えたのに取り合ってもらえないし、気のせいだの思い過ごしだのとと言われているうちに口を噤むようになる。えてしてこれが想像以上に被害者を追い詰めるものなんだが」
 そこでぼーさんは一度言葉を切る。
「それが反対に強くなるってことは……。反発、か」
「そう思うか?」
 いつの間にかおちゃらけた雰囲気が消えて、真剣な表情を浮かべているぼーさんを所長が見返した。
「じゃねえのかな。現象を起こしてる誰かさんは、俺たちが来たのに腹を立ててる。面白くないんだ。しかも、いきなりこれだけの大技だぜ? このポルターガイスト、半端じゃねえ。これまではせいぜい家具が揺れる程度だったんだろう? だとしたら、今回、特別馬力をかけたというより、むしろこれまでは遊んでたんだと思うぜ」
「……遊ぶ?」
 首を傾げた麻衣ちゃんに、そ、とぼーさんは頷いた。
「住人を困らせて喜んでいた、というか。そこに気に入らない奴らがやってきた。それで本気で威嚇行動に出た。あるいは、なんとかできるもんならしてみろ、という挑戦か」
 静かに所長が言った。
「……意外に手こずるかもしれないな」
 物がなくなったりあちらこちらに移動したりなどの妨害も頻発して、機材のセッティングと各計測は明け方近くまでかかった。私達は互いに喋る気力もなく、順番にシャワーを借りるとベッドに寝転がって泥のように眠った。


◇ ◆ ◇



 二日目の朝は、残念ながら爽やかとは言い難かった。
 昼前に叩き起こされて、欠伸をこぼしながらチェストから着替えを引っ張り出し、洗面所で身支度を整える。各々支度が終わると二人揃ってベースに向かった。
 私達が寝ている間は特にめぼしいことは起きていないらしい。なぜかリンさんの定位置に陣取っていたぼーさんに、リンさんは仮眠に行ったと告げられたので私も所長の指示を仰ぐことにした。
 書斎を何気なく見渡してはたと気づいた。そういえば、綾子さんの姿もない。
「巫女さんは?」
 私と同様に気づいた麻衣ちゃんがぼーさんにたずねた。
「除霊をするとか言って、準備してるぜ」
 除霊かあ……。
 霊能者の人達それぞれでやり方が違うんだろうな。私は頭に女子高生除霊師の姿を思い浮かべて、頭を軽く振った。先入観はよくない。
「ここに三回ぐらい怒鳴り込んできたぜ。祈祷に使う道具が失くなったってさ」
「公平な小人さんだ」
 勤勉な小人さんには昼も夜も関係ないのね、と宣った麻衣ちゃん。同調するぼーさんもぼーさんだけど。
 気温の計測を指示されたのでクリップボードに新しい用紙を挟み、きょろきょろと温度計の姿を探したが見つからない。おかしいな、すぐ取り出せるようにデスクの隅に纏めてあった筈なのに。
「温度計が消えてますー」
 麻衣ちゃんが代表して報告すると、渋谷さんは眉を顰めて車に予備がある、と教えてくれた。
「仕方ない、私取ってくるよ」
 ごめんお願いー、と眠そうにソファーに座って眼を擦る麻衣ちゃんに寝ないでよ、と私は軽口を叩き書斎を後にした。
 家を出ると丁度典子さんと礼美ちゃんが玄関のプランターに水を撒いていた。
「礼美ちゃん、おはよう。典子さん、おはようございます。」
 礼美ちゃんは昨日とは打って変わって機嫌が良さそうに、おはよう、とはにかんだ笑みを見せてくれた。
「おはよう飛鳥ちゃん。夕べは片付けありがとう。大変だったでしょう? 寝る暇はあった?」
「はい。六人総出でやりましたから思ってたより早く終わりましたよ。ただ、家具の中身までは元通りに直せたか自信はないんですけど……」
「それはあとで直すから大丈夫よ。助かったわ」
 私は二人の前を辞すと、門の脇に停めてある事務所のバンに向かった。荷室に体を潜り込ませて備品の山を掻き分けながら、予備の温度計を探す。やっと二つ見つかり、身を起こすとバンのドアを閉めた。
「ん?」
 誰かの気配を感じた気がして目を懲らすも、誰もいない。
 気のせい、かな?
「飛鳥…っちょっとしゃがんで!」
「うわっ、と!」
 首を傾げていると突然手首を掴まれた。私はがくんと体制を崩して地面に膝をつく。
 何がなんだか分からなかったが、静かに! と緊迫感漂う小声が飛んできて私は反射的に口を閉じた。
「……よし、行った」
 そう時を待たずにふう、と息をついた友人を私は眉を釣り上げて睨んだ。
「もうっ! いきなり危ないよ、麻衣ちゃん!」
「……ごめん。けど、見つかりそうだったから……」
「はあ……それで、どうしたの?」
 ため息がこぼれる。そんな反省してますと見るからに肩を落とされたら、怒るに怒れないな。
 生け垣の向こうから誰かが礼美ちゃん達を観察していたらしい。その誰かが今度は車の方に視線を向けようとしたので丁度生垣から死角の位置で息を潜めて様子を窺っていた麻衣ちゃんが、咄嗟に車に駆け寄って私の手首を掴み、スモークフィルムが貼られた荷室の窓に身を屈ませたという訳だ。
「ていうか、麻衣ちゃんはどうしてここに?」
「飛鳥がなかなか帰って来なかったから、様子を見に来たの。……ナルの視線も痛かったし」
 ……麻衣ちゃん。早口で最後に付け足した言葉が本音でしょ?


 これ以上所長を待たせればツンドラ地帯が出来上がる可能性がある。それを危惧し、まだ何か言いたげだった麻衣ちゃんに私は発掘した温度計を渡すと、話はあとでちゃんと聞くからと言い聞かせた。
 当初の目的通り、昨日と同様分担して部屋を回る。途中、通りがかった礼美ちゃんの部屋では、綾子さんが祈祷の準備をしていた。ポルターガイスト現象がひどかった居間は先に済ませたのだろう。
 白木の小さな祭壇を用意し、周囲に注連縄を巡らせ、巫女装束に着替えた綾子さんはいつもとイメージが違った。なんかこう、神聖な空気が漂っているというか。相変わらずメイクはばっちり決めてたけどね。
 室内に入っていった麻衣ちゃんが絡まれているのを見て、私はそっと視線を逸らすと次の部屋へ向かった。押しの強い綾子さんに手伝え、と言われたら私多分断れない。麻衣ちゃんには申し訳ないが、見ない振りさせてもらった。
 急いでベースに戻ると私の方が早かったみたいで、麻衣ちゃんの姿はない。
 あ。
「リンさん。おはようございます」
 ぼーさんが陣取っていた椅子にはリンさんが戻ってきていた。ちらりとこちらを振り向いて僅かに口を開くと、おはようございます、と小さな返事が返ってきて頬が緩んだ。
 無口なリンさんは、挨拶程度なら偶に応じてくれる。
 所長にクリップボードを渡し、特に異常はありませんでした、と報告している途中で麻衣ちゃんが帰ってきた。
「気温の低い場所はないですー」
 丁度そのタイミングで、綾子さんのお祓いが始まった。

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