10.とお、扉の前なら許しましょう


「へえ。じゃああれは、幽霊の仕業じゃなかったんだ!」
「……うん」
 放課後、興奮気味に崩れた旧校舎について話す声があちらこちらでする中、例に漏れず私達も教室の椅子に座って話し込んでいた。
「……やっぱり元気ないね。大丈夫?」
 ぼーっと窓の外を眺める麻衣ちゃんにそっと声をかける。
「ああ、いや。……もうナル達に会うことはないんだろうなーって考えたら、なんか」
 麻衣ちゃんは切なげに笑い、次いできゅっと泣きそうに顔を歪めた。
「……あのね。これから言うことはミチル達やしーちゃんとかクラスの女の子には……ううん、絶対誰にも言わないでほしいんだけど」
「……内容にもよると思うけど、分かった」
 もし私の手に負えない話だったら、人生経験豊富なアパートの住人達に相談してしまうかもしれない。
「……ありがとう。そんな深刻な内容じゃないから、大丈夫だと思う」
 麻衣ちゃんはそう前置きして辺りをきょろきょろ伺うと私の方に顔を寄せた。私も顔を近付けて、話を聞き漏らさないように神経を研ぎ澄ませる。
「あたし……ナルの事、好きになっちゃったみたいなの」
 ほとんど吐息のような告白に、私は大きく目を見開いてがばりと自分の口を抑えた。
 そうしないと叫び声を上げてしまいそうだったから。
「ナル達は調査が終わって帰っちゃった。……もう会えないんだよお」
 鞄からさっと取り出した予備のタオルハンカチを渡すと、麻衣ちゃんはありがとう、と受け取って目元に押し付けた。
「嫌みったらしくて毒舌でナルシストで、なんだコイツって思ったのに……真砂子の趣味悪いって思ったのに……なのに、いつの間にか好きになってた。……夢にまで出てきちゃったし」
「……夢?」
「うん。夢って深層心理が反映されるって前にどっかで聞いたことあるもん。しかも優しく笑いかけてきちゃったりしてさ、我ながら想像力豊か過ぎっ」
 夢かあ。いや、待てよ。
 きっかけは忘れたけど夢の話題になった時、秋音ちゃんが陰陽師が見る夢には意味があって、先見や未来を暗示させる特別なものもあるらしいと言っていた。その時龍さんは何て言ってたかな……うーん。
 あ! 思い出した!
 確か、夢見の力について言っていた。初めて聞いた内容に驚いたからよく覚えている。夢を渡って他人の夢に入ったり、力の強い能力者は次元さえ越えて夢を渡り、相手の夢の中でお話する事も出来るのだそうだ。
 だから、一概にそれが麻衣ちゃんの願望が見せた夢かどうかとは言い切れない。干渉した、或いは干渉された可能性もなきにしもあらずだから。
「……へえ。そんな力があるんだねー」
「お世話になってる人の受け売りなんだけどね」
「……前から思ってたけど、意外と飛鳥ってそっち方面詳しいよね」
「はは、前はからっきしだったんだけどねえ。引っ越し先のアパートがやたらそういうの詳しい人ばっかりだから」
 カリスマ霊能者から女子高生除霊師に、魔導書のマスターや、曰くありげな品物を扱う骨董屋さんまで。選り取り見取りだ。
「ふふ、そっか」
「……少し落ち着いた?」
「うん。飛鳥に話したらちょっとすっきりしたよ!」
 麻衣ちゃんはそう言って朗らかに笑った。
 まだまだ話し足りなかったが、教室にアナウンスが入り麻衣ちゃんが事務室へ呼ばれた事でお開きとなった。
 ばいばい、と手を振る彼女はすっかりいつも通りで、私も振り返しながら安堵に眦が緩んだ。


 話し込んでいたらすっかり遅くなってしまった。今の時期はまだまだ辺りが暗くなるのが早い。
 頼りない街灯でアパートへ辿り着くと、わざわざ一色さんがお出迎えしてくれた。聞けば丁度一時間前くらいに私に電話があったらしい。変わりに出てくれた一色さんにお礼を言うと、若い男の子の声だったヨ、と意味深に笑われた。どんなやり取りがあったのか非常に気になったが、藪蛇をつつきそうなので私は苦笑いに留めておいた。
 帰ってきたらこの番号にかけ直してほしいと一色さんは先方に言われたそうで、数字を書き留めたメモを渡してくれた。私はアパートの固定電話の前で貰った連絡先を何気なく眺めてあれ、と声をもらす。
「ん? どうした?」
 通りがかった古本屋さんに声をかけられた。アパートの住人の中には名前不詳の人物が数人いる。その中の一人が古本屋さんだ。
「いや、なんかどっかで見たことある気がして……」
 これです、とメモを軽く持ち上げるとお風呂上がりらしい古本屋さんはタオルで頭をがしがし拭きながら私の手元を覗き込んだ。
「……俺は知らねえ番号だな。ま、とりあえずかけてみろよ。ここの番号知ってるって事はお前の知り合いかなんかだろ」
「うーん、そうですよね」
 自室に戻る古本屋さんを見送って、私は思い切ってメモに書かれた連絡先に電話をかけた。
「はい、渋谷サイキックリサーチです。……樋口さんですか?」
 電話に出たのは涼やかな声だった。若い男の子とは渋谷さんの事だったのか! 私は賑やかな空気が一変して凍えるような寒さになったあの瞬間を思い出して少しばかり震えた。
「は、はい。それで、何か私にご用ですか?」
 早々に用件を尋ねると、驚くべき回答が返ってきた。
「麻衣から聞いた所によると、あなたは僕達が行っている心霊調査にも特に偏見がない。更に機械の扱いも多少分かるようだ。……人手が足りないんです。事務員兼リンの補佐として、バイトをする気はありませんか?」
 このぐらいのバイト代で、と所長さんに提示された破格の金額に、一市民である私は心躍らせるどころか盛大に顔をひきつらせた。待って、ちょっと条件が良すぎないか。
「……少し考えさせて下さい」
 そっとそのまま電話を切ろうとしたら、渋谷さんがすかさず麻衣にも声をかけましたがOKを貰いました、と呟いたのに反応して私はやります、と気付いたら即諾してしまっていた。
 事務的な手続きの為に、今度の土曜日に麻衣と一緒に事務所に来てほしいと告げられて通話は終わった。
 電話を切った後、私は思わず頭を抱える。
 そりゃ、リンさんがいるし所長さんも顔見知りだけど即諾って……。まあ麻衣ちゃんも一緒だし、それはそれで楽しみだけど。
 ぼー、と私があらぬ方向に意識を飛ばしていると、共有スペースから深瀬さんがひょっこり顔を覗かせた。
「飛鳥ー。黄昏てないでさっさと飯食っちまえ。るり子が何時まで経っても片付け出来ねえだろうが」
「わ! もうこんな時間! 教えてくれてありがとう深瀬さん!」
「おう」
 その手には、一升瓶が握られている。
 いつもの一色さんや妖怪たちを交えて酒盛り中なのだろう。
 ご飯食べたらお風呂に入って明日の準備しないと。私もバイトとして雇われたと知ったら麻衣ちゃん驚くかなあ。
 真砂子さんというライバルがいるみたいだけど、私は断然麻衣ちゃんを応援してるから。さりげなくフォローしていきたいな。
 それにしても。
「はは、これで私も非日常の仲間入り、か」
 声に出すと呟くと何だかわくわくしてきて、私は弾むような足取りで食堂へ向かった。

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