08.やっつ、やはり痛みはお前じゃ駄目だ


 休日を挟んで、月曜日。
 何やら教室の中が騒がしい。
「おはよう」
「はよー」
 どうやらそれは主に黒板の前の方で固まって喋っている複数の女子が原因らしい。男子はいつも通り挨拶を返してくれた。
 自分の席に腰掛けると、隣の席の麻衣ちゃんはいつものように恵子ちゃん達に囲まれて喋っていた。
 多分、渋谷さんとリンさんの調査が終わるまでこの状態が続くんだろうな。私はちょっぴり麻衣ちゃんを不憫に思った。
「ちょっと飛鳥! 聞いた?」
「ん〜? なにが」
 のんびり授業の準備をしていると、ミチルちゃんが興奮気味に私の方に身を寄せた。
「麻衣が昨日下駄箱の下敷きになったんだって!」
「……は?」
 私は絶句した。
「みんなさっきから大げさだって! 確かに下敷きになったけど、上手いこと隙間に入り込んだみたいで、……飛鳥みたいに全治一週間じゃないし」
「うっ」
 それを言われると、痛い。
「……本当に、大丈夫なの?」
「うん。まあたん瘤は出来たけど、それぐらいだよ。さっきからそういってるじゃん!」
 からからと笑う麻衣ちゃんは、本人の自己申告通り見た目には元気そうだ。
 でも絶対病院行った方がいいと思うけどなあ。
 私がそれを口に出す前に先生が教室に顔を出して、麻衣ちゃんと黒田さんに校長室に行くようにと告げた為、その場で話は流れてしまった。


「今日はもう旧校舎に近づいちゃだめなんだってー」
 不満たらたらといった様子の麻衣ちゃんに、私はお弁当の箸を握り締めて、ぱちくりと瞬いた。
「解決したの?」
「まだしてないよ! まあナルも帰ってきたし、まだ調査は続くと思うんだけど……」
「そっか」
「うん。放課後会いに行くつもり」
 麻衣ちゃんは自分を鼓舞するかのように拳を握り締めた。
「ところで」
「うん?」
「あたしに弁当持ってきてくれた時さ、ナルと何話してたの?」
「あー……」
 私は緊張の一瞬を呼び起こされて思わず遠い目をした。
「……聞きたい?」
 私のどんよりした空気に気圧されたのか、麻衣ちゃんは盛大に顔を引き攣らせてやっぱりいいかなーなんて言い出したが、そうはいくか!
「こうなったら麻衣ちゃんも私の味わった恐ろしさを追体験しろおおお!」
「ぎゃー! 殿がご乱心じゃあああ」
 私はツンドラ地帯に一人取り残されて所長さんの一問一答に答えたことを、懇切丁寧に説明してやった。
 鬱憤を晴らし終わると喉が乾いたので、私は水筒のほうじ茶をごくごく飲んだ。今日は気温が高かったから、氷を入れて冷たくしている。
「でもさ、飛鳥の話聞いてると、ナルは第二の助手さんが欲しいんじゃない?」
「? 助手さんって、リンさんの事だよね」
「うん。あのね、助手さんってすごく機材のこと分かってるっていうか、見てると機材のメンテナンスとかモニター覗き込んで記録を取ったりとか、機材に関わる事を専門的にやってるみたいなんだよね」
 まさか、こんな身近に同士がいたとは!
「へえー! 初耳!!」
「あたし、言ってなかったもん」
 麻衣ちゃんはリンさんが苦手なようで、話題に出したくなかったとのこと。
「で、飛鳥も前に機械に強いっていってたじゃんか」
「ふむふむ」
「だから、もしかしてナルは機械が分かる飛鳥を勧誘したかったんじゃない?」
「調査に?」
「うん。けど飛鳥が助手さん庇って怪我したじゃん? ……まあ、元はと言えばあたしのせいなんだけど……」
 肩を落として落ち込む麻衣ちゃんを、私は慌てて励ました。
「こらこらネガティブになっちゃだめだよー。麻衣ちゃんは何だかんだ言いながら軽はずみだった自分の行いを反省して、渋谷さん達を一生懸命手伝ってるんでしょう?」
 放課後になると脇目もふらず教室を飛び出して行くのだ。もちろん、カメラ代の弁償と引き換えというのもあるんだろうけれど。
「……うん」
「麻衣ちゃんの働きによって、渋谷さん達は助かってると思うよ」
 話を聞く分だと、二人だけであの旧校舎の調査に来ているのだ。人手はあればあるだけいいだろう。
「……そうかな」
「きっとそうだよ」
 悄然としていた麻衣ちゃんが、ようやく控えめな笑みを見せてくれた。それに笑い返しながら私は思う。
 あんまり負い目に感じてほしくないなあ。後先考えず衝動的に動いた結果がこの怪我で、私の自業自得だから。
 麻衣ちゃんには否定されてしまいそうだけど。

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