07.ななつ、蔑ろにするあの鼓動


「あれ、飛鳥。弁当持っていくのか?」
「うん。と言っても私が食べる訳じゃないよ」
 紙袋の中にお弁当をがさごそと慎重に入れていると、夕士くんが不思議そうに尋ねてきた。
「ふふふ、もしかして誰かにあげるの?」
「うん」
 あげるつもりでるり子さんにご教授頂きながら早起きして頑張ったんだ。にやにやしている秋音ちゃんはどうも、勘違いしているみたいだけど。ややこしい誤解が広まったら面倒なのできっぱり否定しておく。
「……男の子にあげる訳じゃないよ?」
「なーんだ! つまんないなー」
「ちょっとまり子さん。つまんないってどういう意味ですか」
 残念そうに呟いた幽霊のまり子さんに私は思わず唇を尖らせた。
「飛鳥。水を差すようで悪いが、のんびりお喋りしてる暇はないんじゃねえか?」
 今日も今日とてワイルドな画家の深瀬さんがにやりと壁の時計を指差した。
 不味い! もう出ないといけない時間だ。
「うわっほんとだ! じゃ、行ってきまーす!」

 私の通う学校はここからほんのちょっぴり遠いのだ。


 SHRの後トイレから戻ってきた私は、麻衣ちゃんの姿を一生懸命探していた。
「いない」
 まさかと思って隣の机を見てみたら、荷物がなくなっていた。
 土曜日は午前中のみの短縮授業である。そこかしこでお昼どうしよっか。ファストフード、もしくはファミレスで済ませる? いや、飯用意してあるから家で食うわなどなど。クラスメート達の様々な声が聞こえてくる。
 念の為祐梨ちゃんに聞いてみると、案の定麻衣ちゃんが荷物を持って急いで教室から出る姿を目撃したらしい。
「もう行っちゃったんだ……」
 紙袋の中に視線をやる。ストライプ柄のお弁当包みがちらりと覗いていた。
 麻衣ちゃんと初めて一緒にお昼を食べた時、取り出したるり子さんお手製の弁当箱を見て、羨望の眼差しを注いでいた事を思い出す。
 最近お疲れ気味の麻衣ちゃんに私は何かしたいと思い立ち、るり子さん全面監修の元、内緒でお弁当を作って持ってきたのだが……。それが裏目に出てしまった。
 午前中の授業が終わったら渡そうと朝からそわそわしていたのに、見事にタイミングを逃してしまった。
「旧校舎に顔出したら怒られるかなー……」
 今日も手伝いに行くと言っていたから麻衣ちゃんは旧校舎にいる筈だ。
 私は迷ったが、アパートの住人達に聞いた数々の武勇伝を思い浮かべて決心した。


◇ ◆ ◇



「すいませーん」
 結局私は旧校舎の前にやって来ていた。
 外には麻衣ちゃんも、校長先生が呼び寄せたらしい霊能者の人達の姿も見かけない。
「しょうがない」
 私は覚悟を決めて再び旧校舎の中に足を踏み入れた。
 玄関は靴箱が折り重なって倒れた状態のままだ。歩きながらきょろきょろと麻衣ちゃんの姿を探す。
「あ」
 探索する内に発見したある物に、私は思わず声をあげた。
 カメラだ。麻衣ちゃんの言ってた通り高そうな……というか実際高級なカメラが設置されていた。
「暗視カメラか……」
 この間はゆっくり見る暇がなかったから気付かなかったが、この見た目といいレンズの形といい多分、暗視カメラだろう。玄関に置いてあったカメラは壊れたって言っていたから、これは違う奴かな?
「最新式だ。このモデル、家にあったような……?」
 ジャーナリストの父は以前も言ったようにカメラに深いこだわりがある。やれこの超高感度カメラは何々社の最新式だ、バッテリーが長持ちするタイプが新しく出た、高過ぎて手が出せない、などと嘆く声を私は度々聞かされていた。しげしげと眺めていると、繋がっているコードが旧校舎の奥に伸びていることに気付いた。
 あれ、それって……つまり?
「樋口さん! こんな所で何をしているんですか!」
 リンさん! 病室で会って以来だ。
「ここは危険です。何か用があるのでしたら、渡した連絡先にかけて下さい。……もしまた靴箱が倒れて、今度こそ怪我ではすまなかったらどうするつもりですか」
 淡々と正論を並べるリンさんは、強張った顔をしていた。
 けれど、せっかく会えたのだ。この機会にしっかりお礼を言っておこう。
「……ごめんなさい。 あの、この間は先生方に便宜を図っていただいてありがとうございます」
 私は背中や肩に負荷がかからないように気をつけながら、ぎこちなく頭を下げた。
「まさか、それを言う為にわざわざいらしたんですか?」
 無表情で答えたリンさんの瞳は困惑を隠し切れていなくて、目的は別にあるんですけどせっかく会えたので、と私は正直に告げた。
「目的……?」
 不審そうに眉間に皺を寄せたリンさんに、私は苦笑いを浮かべて手に持っていた紙袋を軽く持ち上げた。
「差し入れを届けにきました」


◇ ◆ ◇



「うそー! わざわざ持ってきてくれたの?」
「うん。……なんか滅茶苦茶空気読めない奴でごめんね」
「ううん! あたし今日に限って財布も忘れちゃってたから、飛鳥が来てくれなかったらお昼抜きだったよ〜」
「そうなの?」
 もう既にお昼食べちゃってるだろうし、良ければお夜食か夜ご飯にでもどうぞって言おうとしてたんだけど。
「……飲み物に温かいほうじ茶はいかが?」
 実はいつものお昼の時のように、水筒もばっちり持参しているのだ。
「神様仏様飛鳥さま!」
「うむ。よきにはからいたまえ」
 頬を紅潮させて紅茶色の瞳をきらきらと輝かせる麻衣ちゃんは本当に嬉しそうで、迷ったけれど持ってきて良かったと私も破顔したけれど。
「……樋口さん。そろそろよろしいですか?」
「っひゃい! すみません!」
 お弁当を渡したらさっさと退散しようとしていた私を引き留めたのは、なんと例のナルさんだった。
 モニター越しにカメラを覗き込んでぶつぶつと呟いていた独り言を、ばっちり聞かれていたらしい。私はてっきり録画方式だと思い込んで、それこそまさかリアルタイムでずーっとモニタリングしているとは思わなかった。しかも、その映像はモニターを監視していたらしいリンさんは兎も角、なんと一部の霊能者さんにも聞かれていたみたいで……。穴があったら全力で入りたい。いっそ、穴が無いなら自力で掘ってしまいたいたかった。
 こんなことなら麻衣ちゃんに詳しく渋谷さん達の調査方法を聞いておけばよかった、と私は現在進行系で後悔している。
 麻衣ちゃんはといえば腹が減っては戦はできぬを体現していて、早速私が作ったお弁当の蓋を開けておおー! と無邪気な声を上げていた。
 どれどれと何故かキツイ美人さんのお弁当チェックが入り、なんかどこかで見た気がするなあと私のデジャヴを刺激してやまない着物の美少女は顔をしかめつつも美味しいーっ、と笑み崩れる麻衣ちゃんの様子が気になるようで、ちらちらと様子を伺っていた。今ここにいない男性陣は(お坊さんと神父さんだっけか)どうやらお昼を食べに行っているらしい。
 そんな光景が繰り広げられている中、なぜか私は一人ツンドラ地帯に取り残されていた。
 私も女性陣の方に行きたい! 滅茶苦茶行きたいです!
 割と本気で考えていると、渋谷さんが薄い唇を重々しく開いた。
「樋口さんはカメラにお詳しいようですね」
「父が、仕事上使うので……。でも、父はカメラの性能に興味があるのに対して、私はその仕組みの方に興味があるといいますか……」
「つまり?」
 ひいい! 渋谷さんの眼力恐い!
「ええと……だから私は性能の方には詳しくないんです。あの独り言は全部父の受け売りで……」
 話しを聞くなり顎に手を当てて無言で何やら思案している様子の渋谷さんは、考えがまとまったのか再び口を開いた。
「あなたは仕組みに興味があると言いましたね」
「? はい」
「例えば、これらの仕組みを理解すれば使いこなすことは可能ですか?」
 言いながら渋谷さんは、教室の中を圧迫する機械と繋がれたコード達を指差した。
「そうですね……。出来ると思いますけど」
「……もっと言えば。ばらばらに送られてきた部品を説明書通りに組み立てて、機器を使えるようにすることは可能ですか?」
「むしろ、それが私の専門域です」
 私は仕組みを知る為に小さい頃から何でもすぐばらしていたので、説明書があれば元通りに直すことなんてお手の物だ。
「リン」
 話に加わらずモニターを監視していたリンさんに、所長さんは呼び掛けた。
「……彼女は怪我をしています」
 リンさんは画面から顔を上げないまま固い声でぴしゃりと答えた。
「……そうだな。わかった」
 渋谷さんは鷹揚に頷くと、口角を持ち上げて苦笑した。
「あなたのお力をお借りできないことは残念ですが、しっかり養生してくださいね」
「ありがとう、ございます……?」
 疑問形になってしまったが、これで話はおしまいらしい。
「ちょっと巫女さん! 勝手にあたしのベーコンアスパラ取らないでよ!」
「……まあまあ美味しいじゃない。これ、本当にあなたが作ったの?」
「……人様のものを奪うなんて卑しい行いですわ」
「とか言いながら、あんたもキノコのホイル焼き狙ってるじゃない」
「なっ。い、言いがかりですわ」
 私は賑やかな女性陣のやり取りに緊張の糸を切られて、脱力した。
 渋谷さんは既にモニターの監視に戻っており、私も座っていた椅子から立ち上がった。
「ええと、巫女さん? そのお弁当は我がアパートが誇る料理人監修の元です。私は全くの初心者なので、分量や工程、味付け等のアドバイスに丸っと従いましたよ」
 なんとキツそうな美人さんにお褒めの言葉を頂いてしまった。私が一から作った訳ではないと訂正して、代わりにるり子さんの素晴らしさを力説しておいた。次に恥じらうように頬を染めた着物の少女に声をかける。
「そちらの着物のお嬢さん。良ければ好きなおかずを摘んでくださって結構ですよ」
 予備の割り箸もありますから。
 お弁当を入れていた紙袋から取り出すと、麻衣ちゃんはこれはあたしの弁当じゃ〜!!と毛を逆立てて守ることに必死だ。
「ただいま戻りましたです」
「お? なんか美味そうなもん食ってるな」
 そこで男性陣達が帰ってきてその場は更に賑やかになった。
 収集がつかなくなった喧騒に、堪忍袋の緒が切れた所長さんがブリザードを吹き荒らすまで、残り十秒。

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