微笑む常夜灯



 なまえは紅茶が好きだ。
 そのままストレートで飲むも良し、ミルクと砂糖をたっぷり加えたミルクティーや、果汁を数滴垂らしただけで鮮やかにその色を変えるレモンティー。飲むだけに飽き足らず、茶葉を混ぜ合わせた焼き菓子も好きだった。
 そんな根っからの紅茶好きであるなまえには、最近お気に入りの喫茶店があった。
 一人暮らしのマンションから徒歩十五分ほどの距離にあるポアロだ。
 何でもポアロが入っているビルの二階には、メディアなどで度々取り沙汰されるかの有名な″眠りの小五郎″が事務所を構えているらしい。お店に通う内に仲良くなったかの人の娘だという蘭が教えてくれた。
 ポアロは近所のファミレスとは違い、店内が喧騒に呑まれることはない。何かに集中したい時にはぴったりの場所だ。
 その穏やかで和やかな雰囲気が魅力の一つであることは間違いないが、何よりそこで出される紅茶がなまえの好みど真ん中で。更に軽食も美味しいともなれば、ついつい足が向いてしまい。今ではすっかり常連と化していた。



◇ ◆ ◇



「いらっしゃいませー」
 ポアロのドアを潜ると、看板娘の梓が素敵な笑顔で出迎えてくれた。
 なまえは店の一番奥にある、二人掛けの席に向かう。
 お気に入りの席は、窓の外からさり気なく確認したから空席であることは把握済みだ。真向かいの椅子に持っていたキャンパス地のトートバックを置き、中からPCやペンケースにメモ帳といくつかの資料を取り出した。それを丸いテーブルの上にセットする。
 椅子に腰掛けてPCを開き、電源を入れて準備が整ったタイミングで、梓が声をかけてくれた。
「こんにちは、なまえちゃん。ご注文はお決まりですか?」
「こんにちは梓さん。えーと……いつものガトーショコラと紅茶のセットをお願いします」
「かしこまりました。……それにしても今日はまた…えらい大荷物ねえ」
 興味津々といった風にテーブルの上と椅子に座るなまえとを交互に見る梓に、苦笑いで返す。
「実は大学に提出するレポートが溜まってまして……」
「あら、それは大変!」
「はい……。あ、それと夜ご飯もここで済ませちゃおうと目論んでいるので、夜になったら声をかけてください」
 今はおやつ時を少し過ぎたぐらいの時間だ。今日は平日でお客さんもまだ少ないが、夜になり混み出してきたらなまえはご飯を頂いてさっさと家に帰るつもりでいる。
「多分、集中しちゃってて気付かないと思うから……」
「はーい、分かりました。いつもご贔屓にありがとうございますー」
 梓はおどけたように笑うと、厨房まで注文を通しに行ってくれた。
 それからさほど待たずに梓は戻ってきて、注文の品をテーブルにそっと置いた。
「お待たせしました。ガトーショコラと紅茶です」
 なまえは読んでいた資料から顔を上げると、お礼を言う。
「ありがとうございます!」
「紅茶のお代わりがしたくなったら遠慮なく声をかけてね。……それとこれ、私からのおまけ」
 皿の上を指し示す人差し指を視線で追うと、ガトーショコラの影に隠れるように小ぶりな苺が数個添えるようにあった。端の方に生クリームまで絞ってある。
 わっと歓声を上げてひとしきり喜ぶと、なまえは我に返りおずおずと梓に尋ねた。
「でも、いいんですか……?」
「いつも贔屓にしてくれている御礼。他の人には内緒よ? ……レポート、頑張ってね!」
 押し付けがましくない梓の粋な計らいに、なまえは自然と笑顔になりながら頷く。
「はい!」
 琥珀色のティーカップを傾け、こくりと一口飲むと早速PCのキーに指を滑らせ始めた。


「うーん」
 この解釈だと辻褄が合わない気がするぞ。
 なまえはここまで順調に進めていたPC画面を見つめて唸った。あれから紅茶の種類を変えて何杯かお代わりしつつ、せっせとキーを叩いたので持参したレポートは大体が終わった。けれど、それも残り数枚になった辺りでなまえは見事に煮詰まってしまっていた。
 持参した資料を一旦閉じ、大学の図書館で借りてきた参考文献をぱらぱら捲ってお目当てのページを探すと、現在進行形で作成中のレポートを見比べて唸る。
 ううう、どこがおかしいんだろう……。分からない。
 何度も頭の中で打ち込んだ文章を諳んじてはみたが、答えは一向に得られない。
 窓から外を見ればいつの間にか辺りは大分日が傾いていた。学校帰りだろう子供達の楽し気な声も聞こえてくる。
 今日中に終わらせたかったんだけどなあ……。持ち帰り、決定かも。
「はぁ……」
 落胆のため息がこぼれ落ちた。その時だった。
「そこ、間違っていますよ」
 唐突に、すらりとした骨ばった指がなまえがせっせと打ち込んだ作成中の画面の一文を指し示した。
「……えっ?」
 驚きに間の抜けた声をもらす。
「ああ、いきなりすみません」 
 なまえの背後から、爽やかな声が謝罪を述べた。
 誰だろうとぎこちなく振り返ってなまえは固まった。そこには浅黒い肌に金髪の、一見チャラそうな外見をした随分整った顔立ちのお兄さんが立っていたのだ。
「先ほどから頭を抱えているご様子でしたので差し出がましいかとも思いましたが、声をかけさせて頂きました」
 申し訳なさそうに眉尻を下げる知らないお兄さんに、なまえはぶんぶんと頭を振ってしどろもどろになりながらも答える。
「あ、その……いえ」
「そうですね……この一文の解釈が間違っていたから、後が続かなかったんでしょう。……そちらの文献を拝見させて頂いても?」
 うつくしいお兄さんの澄んだ蒼い瞳が顔を覗き込み、なまえは顔が近ぃぃい! と内心絶叫しながら半ば喘ぐように言った。
「ど、どうぞ!」
「ではちょっと失礼……。……ん。あ、あった。……お嬢さん、こちらの一例を引用するといいですよ」
 ぱらぱらとページを捲り、ある箇所を指し示すお兄さんの指先を視線で辿って、なまえはああ! と上擦った声を上げる。
「わああ、すごい。なるほどなあ……!」
 教えてもらった箇所をかじりつくように読み、ふむふむと頷く。まさに目から鱗だ。
 この解釈でいけば整合性がつく!
「ふふ、お役に立てたなら良かった」
 なまえはにこにこ笑うお兄さんを見上げてはたと気がついた。新しい解釈に夢中になる余り、それを教えてくれた親切なお兄さんにまだ何のお礼もしていないことに。
「あ。すみません、何のお礼もしないで……。ご指摘ありがとうございました!」
 なまえはお兄さんを見上げて、がばりと思いきり頭を下げる。
「そんな、頭を上げて下さい! ……僕にもちょっと難しかったし、大変だろうけど頑張ってね」
「は、はいっ。 本当に、助かりました! ありがとうございます……!」
 もう一度きっちり頭を下げてお礼を述べるとお兄さんは大したことはしていないよとちょっと困った顔をして、微笑んでくれた。
「と、すみません。今から用事があるので僕はこれで失礼します」
 お兄さんはふと腕時計を見ると、慌ただしくポアロのドアを開けて出て行ってしまった。
「……行っちゃった」
 なまえは少し残念に思ったが、再度気合いを入れ直して残りのレポートに取りかかったのだった。


 途中何度かトイレに席を立つ以外にはほぼテーブルにかじりつき、問題のレポートを完成させた。残りのレポートも終わる目処がようやく立ち、なまえは切りのいい所でデータを保存してPCをぱたんと閉じた。
 立ち上がり、机の上に散らかっていた文房具をペンケースに戻すと、雑多なメモ紙や資料たちをかき集めて向かいに置いておいたトートバッグに仕舞い込む。
 なまえは自分の席に戻ると椅子の背もたれに体を預け、凝り固まった節々をぐうと伸ばした。
「ふう……」
 顔を綻ばせて一人達成感に浸っていると、とんとんと軽く肩を叩かれた。
「なまえちゃん、夜ご飯はどうする?」
 声をかけてくれた梓の肩ごしに見える空は、いつの間にか真っ暗だ。
「今何時ですか?」
「七時を回ったぐらいね」
 もうそんな時間か……。
「分かりました。あの、注文お願い出来ますか?」
「はーい。メニューをどうぞ」
 受け取った品書きにさっと目を通す。三時のおやつに甘味を摂取したものの、頭脳労働によって疲弊している。なまえはなにか、がっつり食べたい気分だった。
 堅く絞った布巾でテーブルを拭き終えた梓に、手渡された品書きを返す。
「じゃあ、和風ハンバーグセットをお願いします」
「和風ハンバーグセットをお一つね。分かりました」
「もう私お腹ペコペコで……」
 お腹をさすってげんなりすると、梓は可笑しそうにくすくす笑った。
「なまえちゃんすごく集中していたものね。あ、いらっしゃいませー!」
 梓は店の入り口に向かって声を張り上げた。どうやら新しいお客さんが来店したらしい。
 足早に入り口に向かう梓の姿を目線で追い掛けて、なまえもあ、と声をもらした。
「なまえ姉ちゃんだー!」
 眼鏡の少年が歓声を上げて小走りに駆け寄ってくる。
「こんばんは、なまえ姉ちゃん!」
「うん。こんばんはコナン君」
「こんばんはー」
 コナンの姿を後から追いかけるように、蘭もなまえの座る奥のテーブルまでやって来た。
「蘭ちゃん、こんばんは」
 なまえの直ぐ隣の空いていた席を勧めると、二人はすぐにそこに落ち着いた。
 ……あれ、二人?
 なまえはきょろきょろと辺りに視線を走らせて、その違和感の正体を探る。
「毛利さんは?」
 辺りはすっかり真っ暗だ。昼間ならばまだ分かるが、この時間帯に保護者の姿を見かけないとは珍しい。
「ああ、お父さんは依頼人の方から沖野ヨーコちゃんのチケットをお礼に貰ってライブに行っているんです。チケットは一枚だけだったから久しぶりに出前でも取ろうかってコナン君と話してたんですけど……お父さん、私達を二人きりで残していくことをしきりに気にしてて……」
「ならぼくたちが外食してちょっぴり贅沢したら、心置きなくライブを楽しめるんじゃない? って提案してみたんだ。そしたらポアロは家の真下だし、顔見知りもいるからここにしとけっておじさんが。ぼくは行ったことないお店が良かったのに……」
 ぼそりと恨めしそうに呟くコナンに、蘭はこーらと優しい声で叱っている。
 分かり辛いけれど、あれで立派にお父さんというか子供達のこと考えてるんだよなあ。それをしっかり分かっているから、隣に座っている子達は心なしか嬉しそうだし。なまえはそっかと頷き、ゆるゆると相好を崩した。
「それにしても久しぶりですね。……忙しかったんですか?」
「うん。ちょっとレポートに追われてて……。でもそれも今日がんばって片付けたから、暫くはのんびり出来るかな」
 気遣わしげな蘭になまえが答えると、コナンも口を開く。
「少年探偵団のみんなも、なまえ姉ちゃんに会いたいって寂しがってたよ!」
 蘭と一緒にいる機会の多いコナン経由で仲良くなった子達は、小学生とは思えないほど物怖じしなくて時には無謀とも言える程、度胸がある。
 特に大人びている哀とは年の差を感じさせないぐらい気が合った。
 阿笠邸にふらりと足を運んでは童心に帰って少年探偵団達と全力で遊び、ストレスを発散していたなまえも、コナンの指摘通りここ最近は忙しさにかまけて全然遊びに行けていなかった。
「そうなの? それは嬉しいなあ」
 小さな頭を撫でようと手を伸ばしたが、嫌がったコナンにさっと避けられてしまう。
「相変わらずの反射神経の良さ……」
 なまえはがっくりと肩を落とした。
「ふふふ。何食べよっか、コナン君」
 蘭はいつもの二人のやり取りに楽しそうに笑うと、テーブルに置いてあったメニュー表を開いた。コナンと一緒になって横から覗き込む。
「私は和風ハンバーグセットにしたよ」
「どれですか?」
「えーと、これかな」
 なまえが指差した写真を眺めて美味しそう、と蘭は目を輝かせた。
「あたしもそれにしようかなあ……」
「ぼく、オムライスにするね!」
 迷う蘭にコナンが元気良く告げると、タイミング良くなまえの注文していた和風ハンバーグセットを持った梓が現れた。
「お待たせしました。鉄板は熱いから、直接触らないようにね」
 ごとり、となまえの目の前に白飯と豆腐とわかめの味噌汁に日替わりの小鉢が付いた和風ハンバーグセットが置かれた。熱々の鉄板が、ジュージューとこれまた食欲を刺激する良い音を奏でている。
「蘭ちゃんとコナン君は注文決まった?」
 隣のテーブルの上をなんとなく視線で追っていた蘭は、梓の問いかけに小さく頷いた。
「はい。私が……なまえさんと同じ和風ハンバーグセットで、コナン君はオムライスです」
「和風ハンバーグセットを一つと、オムライスを一つね。オムライスの大きさは子供サイズでいいかしら?」
「はい」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 梓は笑顔で会釈すると忙しそうに去っていった。
 それから少し経って蘭とコナンの注文した品が届くと、三人は和気藹々と談笑しながら美味しくご飯を頂いた。


「お疲れ様です」
 ふう、と団体客を見送って漸くひと息吐いたらしい梓になまえは労りの声をかけた。
「ありがとう。どう、ご飯は美味しかった?」
「うん!」
 満面の笑顔でコナンが頷く。
「はい! 私達の頼んだご飯も美味しかったですよね、なまえさん」
 蘭の言葉に頷き返し、なまえは食後のレモンティーを飲み干して声高に力説した。
「おろし醤油と茸のソースが最高でした!」
 付け合わせの蒸かし芋でソースを余すことなく皿から掬い取った程だ。
「うんうん。私も試作品を食べた時はすぐにお店で出すべきよ! って太鼓判を押したわ」
「店長さんが考えたんですか?」
 ポアロで出される軽食のメニューを考えているのは確か店長だと前に言っていた気がする。しかし、なまえの予想に反して梓をかぶりを振った。
「ううん。考えたのは、安室さんよ」
「へえー……安室さんが」
「安室の兄ちゃんが……」
 蘭は素直に感心していたが、それに反しコナンは難しい顔になる。
「あむろ……?」
 どうやら知っているらしい隣席の二人とは違い、聞き覚えのない名になまえは一人首を傾げていた。
「あ、そっか。つい先日入ったばかりの新しい店員さんなの。なまえちゃんは久しぶりに来てくれたから、まだ会ったことないわよね?」
「……多分?」
 新しい店員が居ること自体初耳だ。
「色黒のイケメンなの。見たらきっとびっくりするわよ!」
 色黒? そういえば、昼間のお兄さんも浅黒い肌だったな。
「そうですね。安室さん、園子が騒ぐぐらい格好いいし……」
「……でも蘭姉ちゃんは新一兄ちゃんが一番でしょ?」
 ぶすっとコナンが頬を膨らませて呟いた。蘭は途端にぽっと頬を赤らめる。
「ま、まあ……そうだけど。ってやだ、コナン君! 何言わせるのよっ」
「い、痛いよっ蘭姉ちゃん!」
 自然とノロケた蘭は自分の発言に照れたのかこら! と揶揄したコナンに鉄拳制裁を加えた。前に新一という幼なじみがいることを蘭から聞き及んでいたなまえは、茹で蛸のように真っ赤な蘭を青春だなあと生温かい眼で見守る。
「あ、噂をすれば……。安室さん!」
 にこにこ笑って三人のやり取りを眺めていた梓が、不意に片手を上げて手招きした。近寄ってきた黒いエプロン姿の人物を捉えて、なまえの眼は次第に大きく見開かれていった。
「またお会いしましたね」
 なまえ達のテーブルにやってきたのは、数時間前に的確なアドバイスをしてくれたあのお兄さんだった。
「あれ、二人とも知り合いなんですか?」
 蘭が不思議そうに聞いてきた。
「ええ。今日、僕が用事で仕事を抜ける前に困っている様子だったので声をかけたんです。……あの時は急いでいたとはいえ、名乗りもせず失礼いたしました」
「い、いえ! どうか頭を上げて下さい!」
 なまえは恐縮してあわあわと両手を振る。するとお兄さんは下げていた頭を上げてくれた。
「ご挨拶が遅れました。安室透です。以後お見知り置きを」
 にっこり微笑んで自己紹介したお兄さん、改め透になまえも慌てて名乗る。
「は、はい。私はみょうじなまえといいます。よろしくお願いします」
 渡された名刺を反射的に受け取って、なまえはそこに記されていた見慣れない英語を読み上げた。
「……private eye?」
「私立探偵、という意味です。僕はこちらの二階に事務所を構える……そちらに座っている蘭さんのお父様、毛利先生の弟子なんですよ」
「ええ! そうなんですか……!」
 眠りの小五郎に弟子がいただなんて寝耳に水だ。
 確認の為コナン達を窺うとつい最近出来たんだよ、と揃った首肯が返ってきた。
「本職は探偵なんですが、依頼が無い時は毛利先生の傍に控えて少しでも勉強させてもらいたくてポアロで働いているんです。幸い、店長さんも僕の考えに賛同してくれて、毛利先生宛ての依頼が入った時には店を抜け出しても良いと許可をくれたんですよ」
「へえ〜……」
 人の良さそうな笑顔を浮かべる透に、なまえは感心しきりだった。
「修行中の身とはいえ、僕も探偵です。何かお困りのことがあればいつでも相談に乗りますよ」
 透は茶目っ気たっぷりにウインクした。美人は何をやっても様になるなあとなまえはややずれた感想を抱く。
 と言うか。
「……私、もう助けてもらいましたよ?」
 煮詰まってしまったレポートにさらりとアドバイスしてくれた昼間の出来事を思い浮かべる。
 きょとりとアイスブルーの瞳が瞬き、柔和に細められた。
「ふふ、そうでしたね」
「……何かあったの?」
 きりりと鋭い眼差しで見上げてきたコナンの横で心配そうにこちらを見つめる蘭に、ああ、事件や事故に関わることではないよとなまえはやんわりと否定した。
 うら若き女子高生である蘭と、小学一年生であるコナンは、あの″眠りの小五郎″の身内故なのか犯罪に出くわすことが非常に多い。類は友を呼ぶのか、なまえも少年探偵団の面々と遊んでいた時に幾つかの事件又は事故などに遭遇していた。だから、なまえが何かに巻き込まれたのではないかと二人は心配してくれているのだ。
 なまえは二人を安心させようと、助け舟を出してもらった昼間の出来事を語って聞かせた。
「安室さんって、本当に何でも出来ますよね」
 話を聞き終えた蘭は驚いたように目を見張り、コナンは拍子抜けしたようになーんだ、とずり下がった眼鏡をくいっと押し上げた。



◇ ◆ ◇



 思っていたよりも長居してしまった。
 新たに来店した客の対応に向かった二人を見送り、なまえも手早く帰り支度を始める。
 まあ、蘭ちゃん達に久しぶりに会えて楽しかったからいいかな。
 なまえは名残を惜しんで席を立った。
「……まだまだ話は尽きないけど、二人共またね」
「はい。園子達も交えて今度ゆっくりお茶しましょうね。……ほら、コナン君」
 蘭はやさしく微笑ってコナンを促した。
「うん。ばいばい、なまえ姉ちゃん」
「ばいばいコナン君。それじゃまた、近い内に」
 なまえはコナンに手を振り返して、レジに向かった。
「……すみません。お忙しいのに話し込んじゃって」
 会計を済ませながら謝ると透はいいえ、とやんわり首を振る。
「僕の方こそ長々と話してしまいましたから。それに、」
「それに?」
 そこで一旦言葉を切った透に、なまえは鸚鵡返しにたずねた。
「蘭さんから伺っていたんです。パワフルなコナン君達の遊びに混じって面倒を見てくれる、女子大生の優しいお姉さんがいる、と」
 話を聞いてずっと気になっていましたが、僕の想像よりもずっと可愛らしい方で驚きました。
 なまえは頬をじわじわ紅潮させて、小さく呻いた。面と向かって真っ直ぐ褒められると無性に面映ゆい。アイスブルーの瞳は澄んでいて嘘を吐いたようにはとても見えなかったが、眦を緩めて柔らかく微笑む透の方が自分なんかよりもよっぽど美人だ、となまえは心の中で反論した。
「ふふ、こちらレシートです。ありがとうございました」
「……はい」
 蚊の鳴くような声でレシートを受け取ると、透は完璧な笑顔を浮かべて優雅に一礼した。
「またのご来店をお待ちしています」

title by うヴ
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