痛みも、孤独も。
全部、はんぶんこにできたらなんて。随分と、贅沢な話。
(――ずるいやつ)
兄は、冠葉はいつも置いていく。いきすぎるくらい目をかけて大事にしている陽毬でさえも簡単に。とぐろを巻く黒い渦に、平然と一人で飛び込んでいこうとする。暗い底に沈んでいってしまう兄の、そこにどんな葛藤があるかなど弟の自分には分からない。これがもし、血の繋がりがある“ほんとうの”兄弟だったのなら、みじんこほどでも分かったのか。
夕暮れに沈む街の影をぼんやりと見つめて、片手にぶら下げたスーパーのレジ袋がやけに重いと愚痴る。今日はそこまで買い込んだわけでもないのに、そこに孤独の重みとか痛みの苦しさだとかが乗っかっているかのように思えた。
まばらな人通りに闇がかかる。その先に我が家があるのに、光がちっとも見えない。まるで迷子のこどものように、行先と捉えられなくなって。
ああ、置いていかれたのか。
「――晶馬?」
光が一筋差された。聞き慣れた兄の声が帰るべき場所を照らす。ぎこちなく振り向いた先に、ひとりぼっちな男がいた。
「かん、ば」
「何やってんだこんなところで」
呆れたように言う冠葉の足取りは軽い。すぐ近くまで寄ってきたと思ったら、不意に片手の重みがなくなった。
「帰るぞ」
なんなく差し出された左手を、信じられないものを見るような目で凝視する。いつまでも繋がれないことをじれったく感じ始めたのか、冠葉の左手が僕の右手を握った。生温い体温がやけにリアルだ、生きている。
「感傷的になんのもいいけど、道端で突っ立ってんなよ。陽毬が心配すんだろ」
ぐんっと引かれた手を皮切りに、再び歩みを始める。厭味ったらしく吐き出された冠葉の言葉には、何故か妙に暖かみがあった。ずんずんと前を進む兄の表情は伺えない。もちろん今自分がどんな顔をしているかも分からない。
こんなんじゃお兄ちゃん失格だね、陽毬。そうだよと、心の中の妹も呆れたように笑った。
「今日の夕飯、何にしたんだよ」
「カレー。陽毬が食べたいって、昨日言ってたから」
「なら早く帰ってやらないとな」
「……うん」
我が家まであと数メートル。ひとりぼっちがふたりぼっちになって、もうすぐ孤独が終わりを告げる。
(:20130717)