自分がまだ小学校も、低学年の頃の話だったか。近所に、奇妙な高校生がすんでいた。
奇妙といっても悪い意味を含んでいるわけではなく、ただ純粋に、当時の自分からしてみればおかしな、不思議な人物だったことを覚えている。ぼさぼさの、それでいて質感は柔らかそうな髪の毛をふわふわと漂わせて、縁眼鏡の向こう側でゆっくりとカーブを描く目は優しげな声音と共に告げる。
「やあ、いってらっしゃい」
それは朝、自分が学校へ登校する際に。制服に包まれ、スクールバッグ片手に彼は毎朝そう言う。
「ああ、お帰り。学校は楽しかったか?」
それは自分が学校から帰宅してくるとき。いつもいつも夕方、チャイムが鳴るギリギリの時間に家に帰ってくるとき、既に私服に着替えている時もあれば、制服のまま鉢合わせるということもあった。
最後に必ず、学校は楽しかったのかと問う彼が、可笑しくて笑ってしまうこともあった。
そうして毎日毎日、暖かな送り迎えを甘受していたあの頃。思えば今よりも目まぐるしく一日が流れていたような気もするし、そうじゃない気もする。一歩離れた場所から他人を見ていることを好み、必要以上に繋がりを持つことをあまり進んでしなかった自分にとってみれば、それは初めて、積極的に他人と関わろうとしたエピソードかもしれない。
今日一日あったことを興奮気味に彼に話すと、その度に自分よりも大きな手のひらがくしゃくしゃと頭を優しく撫でてくれる。器用な愛情が気持ち良かった。
だが、それがいつまでも長く続いていたわけではない。突然、という言葉がこれほどまでに似合うことなど初めてだ。音もなく、彼はいつの間にかいなくなってしまっていた。自分が、小学六年生にあがりたてのころ。
家の事情なのかどうかも知らない、そもそも彼に関して知っていることというのが、異常なまでに少なかった。近所の仲が良かった高校生。それだけの関係で、自分と彼はあの短い一時は繋がっていた。
それからだ、人を観察することと、情報というものに固執し始めたのは。糸を、切りたくないが故の行動かもしれない。あの時みたいに、また心の準備もできないうちに、別れというものを経験したくないがための。
可愛い理由に見えるが、それも限度というものがある。まあだからこそ、今の折原臨也というものが存在できているのかもしれないが。そんなこんなで、自分のルーツは幼い頃のちょっとした痛みから始まったわけだ。
クソッタレな自分を形成する主な原因という恨みもあれば、ここまでのめり込めるものを与えてくれた恩人というのもある。どちらにせよ、二律背反な想いに挟まれ、自分の彼への本意などは分からないし、知ったこっちゃない。それはあの日、何も言わずに置いていかれたという悔しさからくるものなのか、何も言ってくれなかったという寂しさからくるのか。
「随分と可愛いお話じゃないか」
「どうだか」
相対する九十九屋は言う。そういえば、あの人は心なしかこいつに似ていたような気もするが、ただの思い違いだと信じたい。
「で、暇潰しにはなったのか」
「ああ、なかなか興味深かったよ」
「あっそ」
ならばもうここには用はないと、早々に腰を上げた。そもそも暇潰しというくだらない要求のためだけに、自分が欲しがっていた情報一つポンッと提示してくるのは嫌味なのか、舌打ちをしたい気分だった。
「帰る」
「よかったらまた来い、折原」
「また、なんてないから」
「残念だなあ」
無いのならば勝手にその機会を作り出すのが九十九屋という人間なのだが、せめてもの抵抗に言ってみただけの無機質な一言。笑って返されたあたり、本当にやりそうなのが相手の嫌なところだ。
「ああ、そうだ」
扉に手をかけて、今まさにこの場から立ち去ろうとした時。
「いってらっしゃい。土産に何か面白い話題でも作ってきてくれよ、折原?」
「─── 気が向いたらな」
なんの感情も込められてはいないその返事を叩きつけ、静かに部屋を去る。後ろでパタンと音をたてて閉じた扉を、溜め息混じりに再び開ける日が本当に来るのか。
ポケットに入っていた携帯を取り出した次の瞬間には、そんなこと欠片も考えずに忘れてしまっていた。


(:20110619)
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