「臨也」
珍しく名前を呼ばれた日は多分、ろくなことがない。
「……何、」
「いや、お前も可哀想な奴だと思ってなあ。少し労いの言葉でもかけてやろうかと思って」
「そう思うんだったら新年早々呼び出すのやめろよ……お前のために暇を作ってるんじゃないんだけど」
「まあまあ、そう怒るな怒るな」
不愉快な笑みに無意識のうちに眉に皺が寄る。
相変わらずたちの悪い嫌がらせを、今回はわざわざ年明け早々かましてくる奴を何度刺そうかと思い立ったか、今では覚えていられないくらいである。
世間は正月を迎え浮かれた雰囲気で街を練り歩くものたちも多い。そんな中でも一分一秒という実に忙しない速度で、情報というものは休むことなく動いている。
それなのにも関わらずその情報を年明け早々見逃してしまうはめになったら、こいつは一体俺にどう責任を取るつもりなのだろうか。
「おー、見事に不機嫌ですってオーラだなあ」
「誰のせいだと……」
「まあ、俺だな」
「お前本当死ねばいいのに」
「はははっ、嫌よ嫌よも好きのうちっていうじゃないか。なあ、臨也?」
「………」
完全犯罪というのはどうしたら決行できるものか。
物騒な思考が脳内を横切った時、九十九屋は思い出したかのように声をあげた。
「そういえばお前、平和島静雄とは結局どうなったんだ?」
「 は?」
「いやあ、随分お互いにお熱いみたいだったが……もしかして一線まで越えたのか?それはそれは、実にめでたい」
「お、まえ……な、なんの話して、」
「おや?俺の勘違いだったかな?いや、なんでもあの池袋最強が最近街で暴れないという噂を聞き付けてなあ。なんでも、その噂によれば奴にも漸く春が来ただとか。いやあ、めでたいねえ」
「………」
「で、さらに続きがあるんだよその噂には。聞きたいか?」
「……遠慮しとく」
「なんでもその恋人さんってやらはなあ、」
「九十九屋!!」
つい声を上げ、奴の言わんとしていることに言わせるものかとばかりに被せる。
しかしそこで折れるはずがないのが、あの九十九屋真一ではない。
馬鹿か俺は。自分の、まさに墓穴を掘ったといっていいような行動を恨んだ。
「なんだ?もしかして、何か言われたらやましいことでもあるのか?」
「……俺の目の前であの化け物の話を新年早々するなんて、お前も命知らずな奴だな」
「そう来るか」
くつくつと愉快げに喉を鳴らす奴の仕草がたまらなく俺を不快にさせる。ああ、だからここは嫌いなんだ。
充満した外とは違う異様な空気が、思考と判断力を鈍らせるようで嫌だ。脳はあらゆる神経という神経に、早くここから逃げろとばかり警告を発する。サイレンの音が鳴り響いて頭が痛い。
「……今日は帰る。ここにいると、気分が悪い」
「おや、それは残念だな折原。まあ、また時間がある時にでも遊びに来てくれよ」
「次ここに俺が来たときは、お前の最期だと思った方がいいぞ」
「肝に命じておくさ」
嫌悪に満ちた視線だけ投げて、早歩きでフローリングの床を蹴った。


***


「鎌をかけてみたつもりだったが、まさか図星だとはなあ」
九十九屋は己の口元で弧を描くかのように緩ませた。声音も実に愉しそうに、去っていった臨也の背中を思い出す。
「まあ、時間はたっぷりあるさ」
――これからあの二人が街でどう踊ってくれるのか楽しみだ。
九十九屋はいつも通りあるチャットルームしか映さない液晶に手を伸ばし、触れた。
「なぁ、折原臨也くん……?」
無音だった部屋に、キーボードを叩く音だけが後に響いた。


静臨前提の九十九屋→臨也みたいなものが書きたかった。
(:20110101)
(:20120509 加筆修正)
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