もともとわたしと彼は不釣り合いだったんだと思う。大人しいわたしと社交的でかっこよくてモデルもやってる黄瀬くん。どう考えたって、どう見たって、不釣り合いなんだよ。なんで今まで付き合っていたのか不思議なくらいに。それに黄瀬くんはわたしにすごく冷たくて無愛想。たぶんわたしのことが嫌いなんだと思う。黄瀬くんは優しいから断れなかったのかも。だからね、黄瀬くん。

「別れよっか」

目の前でだらしなく座り込む彼にそう言えば彼は勢いよく顔を上げてわたしを見上げた。長い長い睫毛のついた目が大きく開かれてわたしを見つめた。もしかしたらわたしにフられたのが気に食わなかったのかも。でもいつまでたっても黄瀬くんが言ってくれないんだもん、仕方ないよ。

「なんでっスか」
「それは黄瀬くんが1番わかってるはずだよ」
「意味分からないっス」
「ごめんね、わたしにフられたのが気に入らないならわたしのことフってくれて構わないよ」

本当に可愛くないなあ、わたし。そんなわたしを黙って見つめる黄瀬くんの目がいつもより数倍鋭くてなんだか睨まれてるみたい。

「あんたってほんと、可愛くないっスよね」

やっと口を開いた黄瀬くんがそんなことを言った。わかってるよ、そんなこと。だけどわかってても黄瀬くんに言われるのはね、さすがに、きついかも。でも黄瀬くんはなく女の子は嫌いって言ってたから泣かない。

「黄瀬くんは、なんにも分かってないよ」
「は?」
「ほんとはわたしね、泣き虫だし寂しがりやだしお喋り大好きだし黄瀬くんにもっといっぱい触れたいんだよ。それを黄瀬くんのために我慢してたのに可愛くないって、黄瀬くんは最低だよ。ほんと、だいきらい、っ」

あ、やばい泣きそう。目元が熱くなってくるのを感じて俯いて一言声を掛けてその場から逃げようと、思ったのに、

「ちょっと、待って」

一歩だけ足を前に出した時に黄瀬くんがわたしの腕を掴んだ。きっと手加減してくれてるんだろうけどちょっと、痛い。

「…ごめん」

思いもよらなかった言葉に涙も引っ込んで振り返ったら黄瀬くんが気まずそうに視線を下に向けて俯いた。

「俺今まで本気で好きって女の子がいなくて、ほんとにはるちゃんのことは大切にしたくて、でも俺に近付いたらたぶん俺、歯止めきかなくなるし、だから、まあ、大切にしすぎて避けちゃったっていうか、ほんと、ごめん」

まさか、黄瀬くんがそんなこと考えてくれるなんて考えてもいなかったから言葉も出なけりゃ頭も回らない。わたし夢でも見てるんじゃないか。

「これからは遠慮しないっス。だから、別れるのは考え直して欲しいっス」
「え、ちょ、っとまってきせくん、」

うそ、まって、だって黄瀬くん今までわたしに興味ない感じだったじゃん。

「ほんとに、好きなんス、はるちゃんのことは」
「ほ、ほんとに?」
「ほんとっス」
「わたし、可愛くないし、」
「そんな事ないっス。さっきのはほんと焦って思わず言っちゃったっていうか、ごめん」

どうしよう、嬉しい。

「はるちゃんなら泣き虫でもおしゃべりでも、可愛いっス。それに俺だってはるちゃんに触れたかったんスよ」
「あ、わ、わたしも、黄瀬くんのことだいすきで、ほんとに大嫌いとか思ってない、よ」

そう言ったら黄瀬くんがわたしをだきしめた。付き合ってからはじめて黄瀬くんに触れて顔に熱が集まるのが自分でもわかった。

「黄瀬くん、もっかいわたしと付き合ってください」
「はいっス」


さよならじゃなくて
(はじまりになる)