黒い髪、紅い瞳。折原臨也。
ああ、あなたが―――



《02》



俺がこの情報を手にしたのはつい最近だ。
別段知りたくもなかったのだが、耳に入ってくることはあるもので。
でも、それが天敵駆除に使えるんじゃないかと思い至ればそうも言っていられない。
俺はその情報について調べた。
概要は、こうだ。

―――シズちゃんに、好きな子がいる。

…まあ、化け物とはいえ彼も生物学的に見て動物なので、最初はどうでもよかった。
恋くらい勝手にすればいいし、俺には関係のないことだ。

しかし、よく考えてみれば彼は恋愛感情を抑制するタイプ。
自分が化け物だと理解しているのだろう、好いた女がいても大体は諦めきっていたし、諦められないにしても露骨に表には出てこない。
だが、聞いた話だと彼は結構露骨らしい。

彼が素の自分をさらけ出せる存在。
相談相手とか、友人とか、そういったものは居たが、それと恋愛感情が結び付いた存在は、俺が知る限り居ない。

おもしろい、と思った。
つまるところ、その女を深く信頼して好いているということだ。
そんな存在を俺が盗ってしまったら彼はどんな表情をするだろうか?
…だが、いつものように怒り狂われるだけではおもしろくないし、面倒だ。
だから、もっともおもしろい結末をつくりだしてみたい。

そう、彼女が自ら望んで俺を選び、彼を振る。
シズちゃんからすれば、これ程最悪な結果もないだろう。実に楽しい。

―――勿論、俺もこんな性格なので上手くいく自信があるわけではない。
けれども、俺に心酔するタイプでも嫌悪するタイプでも、方策を練るだけの事。
過程が違うだけで結末が同じならそこは構わない。

出来ることなら、彼の中に疑念を持たせず、不安を溜めていきたい。
不安を一度期待で上書きし、その上から絶望で塗り潰して。
力で彼に勝てる者はいないなら、ココロを折ってやればいい。
人間は、自分が信じていない者の言葉は歯牙にもかけないが、信じている者の言葉はあまり疑わない。
彼とて例外ではないだろう。第一、頭が悪い。

恋に破れて自殺サイトに投稿している輩はよく見かけるが、彼はそうなってくれるだろうか?
なかなか死なないから、自分から死んでくれれば俺としては好都合。さっさと消えてくれたらいい。
ああでも、死に方がわかってないかもしれない。仕方がないから失踪でも譲歩することにしよう。俺の行動圏内から消えてくれれば上々だ。

そうしたら、彼女も後悔で心を曇らせるだろうか?
ああ、見てみたい。それを慰めてやりたい。
慰めた後に、どんな反応をするかも見てみたい。
俺に堕ちるだろうか?後悔に耐えきれずに死んでしまうだろうか?何も思わないだろうか?
どれでもいい。おもしろい。

俺に堕ちてもそれには逃避行動も混ざるだろう。
観察してもいいし、自殺してもらってもいい。
俺は恋に理解がないから、彼女にわざと感情移入してみるのも悪くない。
悲しいのだろうか?喪失体験というものができるのだろうか?
おもしろい。実におもしろい。

ねえシズちゃん、死んでくれる?






「いつも気持ちが悪いけれど、今日は拍車をかけて気持ち悪いわね」


何をやっているのかは知らないけれど、と言いながら俺を罵倒するのは波江。
ああ、俺はそんなに嗤ってるかな。仕方がない、愉しいんだから。
口元が歪むのを感じる。隠す気もないし、ここで隠す理由もない。
彼女に視線だけで返事をし、調べている内容を確認する。

―――臨凪志紀。20歳。
来栖大学の二年生で、成績は中の上。
虚弱体質で頻繁に休むが、勉学に対する意欲は高め。
友人の幅は広いが率先して喋るタイプではなく、基本的に聞く側。
家族構成は、義父、義母、義兄、義姉。
実母は数年前に死去、父親は不明……ということ以上はわからない。
多分不倫で出来たのだろう。
引き取り手は母方の身内のようだ。

シズちゃんとは小学生の頃の知り合いのようで、中学からは学校が分かれている。
近所に住んでいたらしい。仲が良かったのか、欠席連絡で会っていたのかはわからないが、この頃のシズちゃんに好意を寄せている素振りは見られない。
あったものが再燃したのか、なにか引き金があったのか。
どちらかは知らないが、まあどちらでもいい。燃え始めが一番炎を煽りやすいのは変わりないだろう。

……と、確認しながら追加を調べていたら、おもしろそうな情報を見つける。
それに関連したものを掘り下げていくと、俺の興味をそそる情報が次々に出てきて。
非常に興味深い。
もしかしたら俺は、良いくじを引き当てたのかもしれない。

パソコンを見るのをやめ、大窓へ歩み寄る。
全面ガラスのその外に、事務所の前の道を往来する人間の波が見えた。
そのどれもつまらなく、興味深く、愛しい存在を見下ろしながら、新たに現れた存在に思いを馳せる。

―――キミは、どのくらいおもしろいものを見せてくれるのかなあ?

楽しみで仕方がない。笑いを止めることなどしなかった。