ほぼ毎日、連絡の紙を届けに行っていた。
俺が彼女の近所に住んでいたのも事実なのだが、それだけでもなかった。

ともかく……
彼女は、俺と担任が書いた連絡の紙を受け取るのを嬉しいと感じていたのは、確かだった。



≪12≫



「よ…っ、お、おぉっ、そのまま…!そのまま…!!」


俺は、ゲーセンでUFOキャッチャーをやっていた。
隣には帝人がいる。杏里は用事があるそうで、途中で別れた。
ふたりでブラつけるところがないかと考えた結果、ゲーセン梯子につきあわせている状況だ。現在進行形。
当の帝人は、狙ったものと違うものを掴んでしまい、あああああぁぁと叫んでいる俺を見て呆れ顔だ。


「…リアクション過多だよね、正臣」
「何を言う、わかりやすさはとても大切なんだぞ?クールな女の子は確かにときめく、とてもいい。だが男は爽やかでありながらも感受性に富んだリアクションが必要だと思うなぜなら!今はコミュニケーション力が不足している時代、だからこそリアクションで相手に気持ちを伝えることは大事だ!」
「僕が女の子だったらひくよ」


仏頂面でそう返す親友に、嘘のなさを感じる。ええい、俺は信じないぞ。
だってお前は男だ。女の子の繊細な気持ちなどわかろうはずもない!
お前にわかるのは、男の複雑な心境だ!…なんて心の中でだけ言っておく。
別段反論する必要性も感じないし、俺のセリフは受け売りが大半だからだ。

俺が間違えて取ったぬいぐるみが、キャッチャーの機械の吐き出し口から姿を現す。
俺が狙ったのは某目つきの悪い極悪犯罪ウサギだったのだが、そこに姿を現したのは果てしなく逆の愛らしさをもつ生き物だった。
なんだっけ。なんか中四国地方とかで主力だけど関東でも広がってきた…青いカモノハシ。確か鉄道会社のマスコットの一匹だ。
ばっ、と腕を広げて愛らしい表情を見せているそれを取り、機械横にぶらさがっている袋にそれを入れた。


「にしても、こんなカワイイのとっても俺いらないなあ。これは…杏里にやるしかないッ!?俺、これで杏里とラブラブランデブーを狙おうかな!」
「えッ!?」
「なんだよ、悔しいのか?俺が一歩先の関係になるのが!」
「そ、そんなんじゃ…!」
「いーいことを教えてやろう帝人!男はな!UFOキャッチャーが出来るとすごくポイントが高いんだぞ!なんたって、カノジョの『ねえ、アレ取って!私、あれが欲しい!』を叶えてやれるんだからなー!ふっふーん帝人は出来ないよな羨ましいか!」
「僕の話聞いてる!?っていうかなにその妄想!」


悲嘆に暮れながらもちゃっかり俺を蔑むとはいい度胸だ。
少しばかりの善意で、このぬいぐるみを帝人にやって杏里への恋の花を添えてやろうと思っていたが、やめた。
俺をバカにした癖に土日とかにこっそりUFOキャッチャーの練習に勤しむがいい!

そんな俺の浅はかなはかりごとに気付きもせず、帝人はツッコミを入れるのが億劫になったのか言うのをやめ、相変わらずの呆れ顔を俺に向けた。


「…大体、園原さんじゃなくてもあげる人いるでしょ。昔チャットで話してた隣人にあげたらどうなの?」
「ん?…ああ、志紀ねえのこと?」
「そうそう。ぬいぐるみとか、好きなんでしょ?」


言われ、まあ確かにそうだけどと脳内で肯定した。
彼女は少々ボーイッシュなところがあったが、ぬいぐるみは好きだ。
ただ、性格が男寄りだったのが災いしてか、そういったものを隠している時期があった。
今はオープンになってはいるのだが、だからといって真正面から渡していいものなのかは些かはかりかねる。
今度の休日にでも、デートに誘ってみようかなあ。ああ、それもいいな。

そんな週末の予定を頭に思い描いていると、彼女と一緒にゲーセン巡りをしてみたくなってきた。
ゲーセンのぬいぐるみはかわいらしいものばかりだ。彼女なら欲しがるだろう。
そしてそれを簡単にとってみせる俺…!その俺に惚れる志紀ねえ…!
別段そこまで彼女に対して恋愛視をしていないが、想像するとすごく楽しくなってくる。
もう癖だろうか。


「ねえ正臣」
「んー?なんだよ」
「その志紀さんって、どんな人なの?」


そう聞かれ、俺は一瞬きょとんとする。
なんだ志紀ねえに興味がわいたのか浮気かと囃し立ててみてもよかったが、昔やっていたチャットであらかた彼女のことは話しているのでこの質問はおかしい。
言葉で伝わらないとしたら、外見か。なんだ、帝人は年上趣味か?

まあそこまで杏里に対する気持ちを侮辱する気持ちもないし多分ただ聞いただけなのだろうから、わからないところは聞いてみることにして志紀ねえの話をしながら帰った。





「志紀ねえ、か」


家に帰り、部屋の床に鞄を放りながら呟いた。
最終的に話は狩沢さんとか遊馬崎さんの方向へ変わっていったが、話のきっかけになった人物を思い浮かべながらベッドへ背から寝ころんだ。


―――彼女は、強かな女性だ。
彼女は俺が黄巾族の創始者ということを知っている。
正直、帝人には言えなくて黙っていたことまで彼女には話したことがある。
ただ、巻き込みたくなかったので沙樹の話はしたが臨也さんの話まではしてないのだけれど。

それが、二年前だっただろうか?
俺が逃げたあの日。現場にはいなかったものの、事後の落ち込んだ俺を支えてくれたのは彼女だった。
別段、慰めの言葉を投げかけたわけではない。咎めたわけではない。
ただ、彼女は俺を見捨てなかっただけ。
沙樹の話もしたし、彼女が沙樹と会ったことはなかったが沙樹のことを大事にする発言は幾度となく俺にかけてくれた。
その俺が脚がすくんだんだと、逃げたんだと、知っても彼女はそのままだった。

…こう表現しては失礼だが、彼女はどこか歪だった。
その歪さを強さと呼ぶのなら、それも構わないのだけれど。
結果的に、彼女は俺を支えた。正確には、逃げた俺を支えたのではなく、壊れかけた俺を支えたのだ。
逃げた俺と立ち向かうのは俺にしかできない。
しかし彼女は、その立ち向かうための俺が壊れかけていることに気がついた。
だから、俺が壊れないようにした。それだけだった。
今思うに、彼女は俺がいつか、本当に遠い未来の俺が、いつか逃げずに立ち向かえることを信じていたのだろう。
彼女は人間がバランスで出来ていると知っている。
彼女が歪なのは、強さのバランスの逆位置なのかもしれない。

―――彼女は歪だった。
俺が黄巾族の揉め事を起こす数カ月前に、彼女を揺さぶる出来事の渦中にありながらにして俺を支えたのだから。