彼女の言葉の意味がわからず、とりあえずベッドへ寝かせた。
水分は摂取できるようなので飲み物を渡し、ちょっと気が引けるなと思いながらも何か食べ物を作ることにした。

一日寝室から出ていないのなら、食事を摂っていないだろうから。



≪11≫



志紀は、昔から身体が弱い。今もそうなのかは知らないが、少なくとも俺が知る限り彼女は虚弱だった。
一週間に三回も風邪をひくという異質な引き方をし、風邪の度に喘息を引き起こしては苦しみ、インフルエンザにかかろうものなら喘息で窒息するのではないかというほど咳をした。実際困ったのは咳をし過ぎて腹筋痛になったとからしいのだが。

だが、本人はその虚弱さに反比例して性格が元気だった。
反動なのかは本人にしかわからないが、外で遊ぶのは大好きだし俺と幽と三人でどこかに行くことも好きだった。
その道中で体調を崩すことも少なくはなかったが、大体は俺が彼女をおんぶすることで和らいだ。
その度に、彼女は俺に言う。


―――シズ、あったかい。


まるで、おんぶされるのが好きかのような反応だった。
後で知ったことだが、彼女は両親…というより、親におんぶをされたことがないらしい。
それも当然、彼女に父親は不在で、母親は病気だったからだ。
父親の広い背中を感じることがなかった彼女が、ガタイがまだ小さい俺の背で何を感じていたのかは、今でもわからない。

…彼女と再び出会って、改めて思う。
俺は、彼女の何であることができたのだろうかと。





今日は志紀を見ていない。
別に、毎日会うわけではないし、俺から会いに行かないのだから会える確立が高いわけではない。
それでも志紀を気にするのは、この絆されるような気持ちが彼女に会いたいと強く想わせるからなのか、一昨日の彼女の様子を思い出させるからなのか。

―――…一昨日、俺は志紀を見かけた。
こちらから声をかけようかとも思ったのだが、よく見れば彼女は背をやや前に倒して歩いていた。
普通に見れば姿勢が悪すぎるただの若者なのだが、俺はその志紀の様子に見覚えがあった。
俺が志紀をおぶらないといけない程体調を崩した彼女が、無意識にとる姿勢だ。
少し顔色も悪かったような気がする。

心配になったので、トムさんに断って少し仕事を抜け彼女を追いかけた。
しかし少々遠かったのと人通りが多かったのもあってか、彼女が曲がった角についたとき既に彼女の姿はなく。
少し捜しまわってみたものの見付からなかったので、トムさんが待っている場所まで戻った。

道端で倒れたりはしていないとは思うが、心配を拭うには確信が足りない。
彼女は体調と性格が反比例しているため、性格の元気さに体調の元気さがついてこない。
つまり、倒れるまで限界点がわからないのだ。
あれからかなりの歳月が経っているが、改善されているのだろうか。


(……大丈夫かな…)


俺は考えに耽っていた。


「静雄、何考えこんでるんだ?危ないべ」
「え」


言われ、声の主を探すと後ろからトムさんが歩いてきていた。
回収が上手くいったのだろう、紙袋を提げている。
その彼が、俺の手元を指さし、危ないべともう一度言った。
目を向ければ、俺の持っている煙草の先が長い灰になっている。
慌ててそれを携帯灰皿に落とし、彼にお礼を言った。


「なんかあったのか?」
「……まあ、気になることは…」
「志紀ちゃんのことか?」
「!…なんでわかるんすか」


驚いて彼を見やれば、黙って笑っているだけで返答はない。
それは、キレやすい俺が大人しく悩んでるなんて志紀ちゃんしかいないべー、という彼の本心を呑みこんだ表情だったのだが、そんなことを察知できるわけもない俺はただトムさんを凄いと思った。
少し気恥ずかしいが、このままでも堂々巡りで悩むことは確実なので話してみようと意を決する。


「あいつ、この間青っ白い顔して歩いてたんですよ」
「そうなのか?」
「はい。だから気になって…」


それは気にもなるなあ、と相槌。
今も体調が悪いのかはわからないが、元気な顔を見ないことには心配で仕方がない。


「で、お見舞いとか行ったのか?」
「え…あ、いや、行ってませんけど」
「なんでだ?」
「あいつの現住所、知らないんで…」


それを聞くや否や、視線を斜め上にやりながら返事をするトムさん。
今まで聞かなかったのかと聞いてくる彼に、年頃の女にそんなこと聞いても大丈夫なものなのかわからないと返した。


(静雄はこういうところが奥手だかんなあ…)
「だから、その……。いや、仕事に集中してなくてすんません」


仮にではなくても俺はもう社会人なのだ。
仕事にプライベートな問題を持ちこむのはタブーだと理解しているのに、気がつけばこのありさまでトムさんには本当に申し訳ない。
……俺は、彼が最近の俺が大人しいことに内心安堵していることなど知らない。

その俺を咎めることもなく、彼は少し頭を捻ってから俺の名を呼ぶ。
返事をして彼に視線を向ければ、まっすぐに俺を見ていた。


「今度ちゃんと聞いとけよ」
「…でも」
「お前、中学の時に言ってたの忘れたのか?」
「…何言いましたっけ?」


―――彼女からの手紙に、毎日見舞いに来てくれるお前の言葉が嬉しいって書いてあったって言ってただろ。
それを聞いて、ああ俺は何を色々悩んでたんだと思った。