最近、公園でのんびりお話できる時間が好き。
ぼーっとして待っていると、そのうち彼が犬を連れてやってくる。
そんな今日は、もう空が夕暮れに染まっているわけでした。



≪10≫



俺は、今日も日課になっている散歩をしにやってきた。
いつもの時間帯に、いつもの公園で、いつもの犬を連れているんだけど。
その中でいつも通りじゃないのが、ひとつだけあった。

志紀がいない。
正確に言えば、昨日から。


(風邪でも引いたか…でも、この季節で風邪もないよねえ)


今は木枯らし吹く風邪のシーズンではない。逆に、太陽眩しい季節だ。
俺に飽きたか、暑くて出てこれなくなったか、色々考えてはみるが確信の持てる予測はない。
まあたかが女一人なのでいつもならこのまま帰るところなのだが、シズちゃんを嵌めるための大事な手駒なのでそうもいかない。
何か情報がないかなと、監視を任せている波江に電話をかける。


『もしもし』
「波江?あのさ、いつもの場所に彼女がいないんだけど何か知ってる?」
『ええ。彼女、昨日から外出してないのよ』
「………。…は?」


俺が聞き返せば、特になんの感慨も抱いていない淡々とした声がその詳細を報告しはじめる。


『昨日、大学が終わった後に公園に寄らず帰宅。今日の彼女のスケジュール的には朝早くから大学があるにも関わらず、今この時間になるまで家から出ていないわ』
「……なんで?」
『さあ?中で死んでるんじゃない』


昨日の彼女、顔色がよくなかった気がするしねと一言。
体調不良を通り越して一大事じゃないかそれ。そんなことを簡単に口走る彼女の感覚は流石だ。
しかし、リビングにも姿を現していないという報告。彼女が病弱であったという情報もあることだし、不安要素は確かにあるだろうと考える。

彼女の住んでいる家は、狭い部屋ではあるものの部屋が二つついてる形の借家だ。
食事をしたり勉強をするためのリビング的な部屋が一つ、もう一つは寝室。
リビングに姿を現していないということはつまり、彼女は寝室から出てきていない。
それも、ほぼ丸一日。


「…わかった、行ってみる」
『あら、住所知らないことになってるんじゃないの?不審者じゃない』
「公園近辺に住んでるとは聞いたことがあるから、近所の人に聞きながらそっちに行けば問題ないだろう」
『そう』


短く応えた声がした後、俺は電話を切った。





呼び鈴を鳴らす。しかし返ってくる声も、歩く音も何もしない。
これは家に居ないんじゃないのかと考えるが、波江は確かに家に入ったのを見たという。
どうしたものか、さすがにピッキングをして入るわけにもいかないし。

彼女がリビングに来ていないというのなら、寝室にいるのだろう。
そう考え、彼女の借地の周りをぐるっと回ってみる。
寝室というくらいだから窓くらいついているだろう、なかったらただの牢獄だ。
塀に囲まれた裏手に入ってみれば、案の定窓が存在している。
そこから中を覗き込んで、その光景に一瞬頭がフリーズした。


(………………。なんか、倒れてるんだけど)


さながら火曜サスペンス劇場のような状態で、床にばったりと倒れている彼女を発見した。
そのドラマと違うとしたら、外傷も出血もないことなんだろうけど…倒れているのだから何か異変があるのだろう。遊んでいるにしては不自然だし意味が理解できない。


「…志紀ちゃん?志紀ちゃん、ちょっとどうしたのさ」


軽く窓を叩いて自分の来訪を告げるが、彼女はぴくりともしない。
何?気絶してるの?まさか脳出血で本当にお陀仏とか言わないよね?
状況が理解できないのでとりあえずどうにかしないと、と思い窓に手をかける。
不用心にも簡単に横へスライドしたその窓から入り、彼女へと足早に駆けよる。


「志紀ちゃん?大丈夫?」


抱き上げて顔を見れば、死に色はしていないものの顔面蒼白になっていて。
これは新羅か何かいるか、いやでも計画的に支障が出そうだから頼りたくないなあと考えを巡らせる。
そうしていると彼女は鈍い動作で瞼を開いた。焦点の合っていない瞳が俺を捉える。


「気がついた?どうしたの「………−…」…え、何?」


俺が言い終るのを待たず、か細すぎる声で何かを喋った。
もう一度、と聞き返すと、彼女は再度重そうに唇を動かす。


「……エネル、ギー……」
「…は……?」


俺は意味がわからず、また質問を返した。