彼女は、誰もを受け入れる存在にはなりえないだろうと感じます。
彼女はヒーローでもないし、勇者でもないし、聖人でもない平凡な人。

ただ、

誰もの居場所になれる存在では、あると思います。



≪09≫



今日は杏里ちゃんと会えた。
池袋近郊に大学があってよかったなあと、最近つくづく思う。
昨日会った正臣も、今日会った杏里ちゃんも、来良高校の制服を着ていた。つまり、池袋に学校があるのだろう。
また会えることがあるかなあ、と期待に胸を膨らませながら歩く。

私が向かっているのは、公園だ。
前は日参なんてしていなかったけれど、ここ最近は毎日のように行っている。
大分日が落ちるのが遅くなってきたので、彼が現れるまで結構時間があるのだけれど、まあ公園だから暇つぶしの手段なんていくらでもある。
今日も今日とて、黒衣の彼を待つのです。





公園について最初に目についたのは、中学生の集団だった。
集団というには少ないかもしれないが、グループというにはちょっと多い。
何かなあと思って声をかけてみると、近くの中学の合唱部らしい。
なんでも、部室がもらえないのでここで練習しているのだとか。
まあ、この公園だだっ広いから多少大きな声で歌っても近所迷惑にはならない。

聞けば、私の出身校の部活後輩だったという展開で。
久しぶりに合唱の練習なんかに参加して、ちょっとテンションが上がってしまう。
暫くそうしていて、時間が遅くなっては危ないので彼女達に帰宅を促して別れると、一人公園に残った私はまた手持無沙汰だった。

本を読もうかと思ってたけどそれにしては暗くなってきたし、テンションがさっきのままなので歌でも歌っておこうかと思い至り、適当にチョイスしながら待つ。
公園には他にも何人かいるが、人目に晒されることなどコンクールでは当たり前だった私には特に気にならない。

今日は風も心地いいな。
こんな日は、いつもより歌いやすい―――


「志紀ちゃん、歌うまいね」


歌い終わって一息……なんてしている暇なく、即座に声をかけられた。
聞きなれた声。その声の方へ視線をやると、私が待っていた彼がそこで手を軽く叩いている。

あれ、なんだろうこの展開。
他人の視線は気にならないのに、知り合いに聞かれていたとなるとちょっと羞恥心がわいてくる。何故。
どうも、と軽く会釈でお礼をする。


「いつから居たんですか?」
「一番のサビっぽいところからかな。何の曲?」


結構聴かれている。自分の察知力の鈍さに直面した瞬間だ。
とりあえず打ちのめされるほど打撃を受けたわけではないので、彼の問いに「イタリア語の歌です」とだけ答えた。
それに対して彼は探る様なことはせず、頷いただけだった。


「それにしても、歌いなれてるみたいだねえ。カラオケとか結構行くの?」
「カラオケはあんまり行かないですね」
「あれ、意外。なんで?」
「マイクが苦手なんですよ。ソラで歌うのが好きなんです」


マイクを持つと、私は喉で歌ってしまいがちになる。
合唱はお腹から声を出すので、喉で歌うと歌い方が変わる。
だからあまり好きではない。
それに、カラオケには人気曲はたくさん入っているが私が知ってるようなマイナー曲は殆どないし、合唱曲など更にない。
あと個人的に、画面よりは譜面の方が好きである。


「そういう臨也さんは、カラオケって行くんですか」
「んー…行かないこともないけど、率先して行こうとは思わないかな」


確かに、それよりは読書をする方が好きそうな人ではある。
それは私の印象でしかないが、カラオケに行かないという事実は同じだからまあそこはいいことにする。


「行かないんですか。なんだか勿体ないなあ」
「なんで?」
「歌声綺麗だろうなあと思ったから」


そういう私に、彼は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
その後笑って、俺が音痴だとは考えないのと聞かれる。
少なくとも、私はそうだとは思ってないので頷いておく。


「まあ、音痴じゃないからいいけどさ。…っていうか、歌声にこだわりがあるの?」
「男声は好きですね。歌手に女声が多いからかもしれませんけど」
「ふぅん。どんなのが好きなの?」


彼は至極楽しげに聞いてくる。
興味というよりは、わかっている答えを確認するような声音。
私の発言から想像はできているのだろう。私はとくに気にすることもなく、テノールですかねと応えた。