さあ、思う存分舞ってみせてよ。
そして、フィニッシュで俺の駒と成り果てて。



≪07≫



最近の静雄は、よく悩んでいる。
私が言うのもなんだが、恋で悩むとこんなに露骨なのだろうか。
以前、私が新羅のことで話をした時には彼は恋についてあまり好感的観念を持っていないようなことを聞いた気がするのだが。これだから恋愛は侮れない。
所詮、恋は落ちたもの負けなのだ。

分かりやすく頭を抱えたりはしていないものの、そわそわと落ちつきがなくて今にもどこかへ走って行ってしまいそうな静雄の話に耳を傾ける。
といっても、私に耳はないのだけれど。

話を聞く限り、静雄が好いた相手は小学校来の友人らしい。
なんでも、身体が弱かったので近所に住んでいた自分が何かと世話係に回されたり、自ら世話を焼いたりしていたらしい。
もともとお人好しの静雄のことだ、妹のような感覚で世話を焼いていたのだろう。

その彼女と再び出会い、話をしているうちになんだか恋に目覚めてしまったようだが、静雄本人はそれを恋という感情だと気付いていない。
こうして話を聞いているのはいつもと何ら変わりない経緯なのだが、話の比重が凄まじく惚気話だ。天然惚気とはこうまで微笑ましいものなのかと感心する。
声をかけられただけでも幸せになれるとは、全く臨也とは逆である。とは、心の中でだけの感想だ。


「アイツな、すっげえ自分ワールド持ってるんだ」
(うんうん)
「まあ大概のやつらは自分ワールドがあるんだけどよ、アイツはなんかこう、のほほんとぶっ飛んだ感じでよ」
(のほほんとぶっ飛ぶってどんなだろうか…)
「なんだ、その…俺が標識引っこ抜いたら、『だめだよー、大切にしないと。標識が泣くよー』とか言いながら元の位置に埋め込んでたりするんだ。普通の表情で」
(動じないのか…。それは確かにすごい)
「頭の中にプラスのスイッチしかねえんじゃねーかってくらいでな」
(―――つまるところ、静雄も特別扱いしないわけだな。なるほどなるほど)


要するに、自分を怖がらないし面白がらないし特別扱いもしない彼女の態度が心地いいのだろう。私の見解では、だけど。
彼女が笑うと顔面が沸騰するとか、上手く喋れなくなるとか、何かを考えるときにことごとく彼女を思い浮かべてしまうだとか、朝起きて最初に考えてしまっただとか。
あからさまな初恋症状。それに気付いていないウブな彼は、心底悩ましげに相談してくる。
惚気だけど。

こうまで静雄を翻弄する、志紀という少女をイメージしてみる。外見を知らないのでそこは適当だけど。
今聞いた話だと、彼女は私と出会ってもさほど動じないような気がした。
なんていうか…帝人くんや杏里ちゃんみたいな反応をしないんだろうなと直観的に思う。
ましてや、新羅や臨也のような反応もしないんだろう。

どんな子なんだろう。
考えながら、そんな私にも気付かず独り語りを続ける静雄に意識を向ける。
一応喫茶店であるここで彼は飲み物を頼んでいるわけだが、さっきからジュースに付属しているストローで中身をかき回しているだけで飲んでいない。軽くパニくっているらしい。
外見に似合わずというと失礼だが、どうにも仕草が見ていて微笑ましい可愛さをしている。
少しいつもより会話を試みようと、柄にもなく思ったのでPDAを取り出して言葉を打ち込んでいく。


『なあ、静雄』
「…なんだ?」
『静雄から、その子に会いに行ったりはしないのか?』


聞けば、PDAを見て頬を紅潮させる静雄。
照れているのだろうか、視線を泳がせながら頭を掻いている。


「そ、そうだな…俺からは行かねえな…」
『会いに行けばいいのに。大学は知らないのか?』
「い、や。知ってる。来栖だって…」
(―――来栖!?)


その名詞に、私は素直に驚いた。
私立来栖大学と言えば結構有名な大学である。
まず、他の大学に比べて入試のハードルが高いと新羅から聞いたことがある。
倍率とかそういう類のハードルではなく、頭脳的な。
そして、系統的にも知名度が高いのだが…―――そこは割愛、とりあえず今は静雄との会話に必要な驚きだけをピックアップする。


「別段、偏見とかはねえんだけどよ。行きづれえんだよな」
『まあ…私も行くのは躊躇しそうだな』
「だ、大体よ。高校とかと違って決まった時間に決まった場所にいねえだろ」


まあ大学だからな。と思いながら、どこか言い訳のように早口にそう言い切ってしまう静雄に苦笑する。態度には出ないのだけど。
彼のことだ、住んでいるところとかそういった情報もないのだろうから、会いに行く手段はないだろう。あっても躊躇っていそうだが。
だから、自分が仕事をしている時に出会うしか彼女との接点はなく、そんな出会いに奇跡めいた感動を抱いているのかもしれない。

ああ、いいねえ。他人の恋話って聞いていたら心弾むな。
その後も長らく彼の惚気話につきあい、気が付いたら夕方になっていた。