志紀ねぇの主観は、言うなれば異空間だ。
だからなのか、彼女は異空間…黄昏といった光景が特に好きで。

俺も、朝焼けを見るといった彼女につきあって起きていたことがある。
綺麗だったことを、覚えてる。



≪04≫



雨は夕方に止んだ。
止むまで正臣につきあっているつもりだったので、時間を理由にして少し前に別れた。そろそろ家についている頃だろうか。
そんなことを考えながら、私はいつもの公園で空を見上げている。
そろそろ暮れて、紫が空を呑みこんで闇に染まる。
その闇の使いのように、今日も現れる黒衣の男性。


「こんばんは」


手には、犬のリード。
最近出会ったこの人――折原臨也は、犬の散歩でこの道を通る人だ。
空に携帯を向けていた私に声をかけてきたのが始まりで、公園に来るのが習慣になっている私と彼の散歩の時間帯が重なるため、こうして挨拶を交わしている。

どうも、と小さく会釈する。
彼はこちらへ歩み寄り、手前で止まって犬のリードを離した。
離す前に何か言っていたので、躾はできているのだろう。犬は一度主人を振りかえってから公園の広いところへ駆けて行った。
ペットの散歩で有名な遊歩道縁のこの公園には他にも数多くのペットが遊んでいる。
その他の犬達の中へ入っていき、戯れ始めるのを確認。

飼い主の彼は暇が出来たので、私が座っている木製のベンチに腰掛ける。
そして、おもむろに口を開いた。


「今日は雨が降ったね。大丈夫だった?」
「はい。傘持ってたので」
「……天気予報、いらないって言ってなかったっけ」
「念のためです。折り畳みですから」


用意がいいんだねという彼の感想。私はそれに笑顔だけ返しておいた。
特に話題もない私は、話題を出すこともなくそのままぼーっとした。
横たわる沈黙。
慣れているというか、なじみがあるというか、一人で和んでいる私。

会話も好きだが、こうして黙っていると他の音が聞こえてくる。私はそれも好きだ。
今の時間帯だとあまり虫の音を聞かないし今の時間帯は子どもたちも居ないが、犬達がはしゃいだり、公園縁の民家の夕飯準備の音とか、鼻孔をくすぐるにおい。
今日もなんだか、ねむたいくらいまったりしている。あそこはカレーだ。いいなあ。

そうやって一人で楽しんでいると、大体他の人は話題に困っている。
視線を向けはしないものの、隣の彼の気配を察するに何か話題を探しているようだ。
そこに困惑とかは混じってはいないが、続く言葉がないので暫く待ってみる。


「…ねえ、志紀ちゃん」
「なんでしょう」
「キミが持ってるの、本だよね。読書好きなの?」
「はい」
「俺もだよ。どんなもの読むの?」


そういう彼の方を向くと、私の視線と彼の強い視線が合う。
柔らかく微笑んでいるのに、彼の紅色の瞳が攻撃的な強さを際立たせる。


「興味がわけばどんなものでも読みますよ」
「ふぅん?たとえば?」
「国語辞典とか」
「……それは…うん、特徴的だよね」


エッセイとか専門書とか、ラノベあたりを想像していたのだろう彼は一瞬戸惑ったように見えた。
まあ、国語辞典なんてページ数が多くて嗜好品として規格外だから想像はしないかもしれないけど、そんなに驚くものなのだろうか。とても身近な書物だと思う。

そんな私の内心の感想は言葉になることもなく、彼は一瞬見せた表情が嘘だったかのように動じていない素振りで続けて問う。


「言葉が好きなのかな。小説とか書いたりするの?」
「ああ、文字を連ねるくらいならしますよ」
「なに、謙遜?」
「いえ? 小説ほどきちんと考えて書いてないので、文章の羅列だと思ってます」


自信がないわけではない。でも、謙遜するほど上手いという自負もない。
ただ、私は好きな言葉を好きなように並べているので文脈を鑑みない。
展開がおかしかったりするかもしれない。
そんなもので説くという漢字は何か違う気がするので、使わない。


「あ、でも言葉は好きですよ」


ふと思い出したので彼に言葉を放つ。


「表現に言葉は大きな効果がありますから」