久しぶりに来たシュンの家で、翡翠の瞳を曇らせたニンゲンを見つけ。
奪い取りたいというよりは、現状から引き離してやりたくなった。



*



僕は朝から驚いていた。
シュンの家に来たことはあるし、女共の持成しを受けたこともある。
放浪しているときもニンゲンに飯をつくらせたことはある、
なんといっても僕の料理の腕は壊滅的であるからだ。

別段、豪華だというわけではない。
彼の料理が凄いわけではない。
彼の、持成し方のレベルが高いことに驚いたのだ。

これが打算や盲目的な恋だけで来たニンゲンとの違いか、と思いながら
席につき、目の前に並べられた食事を注視する。


「……何をそんなに睨んでるんです。毒なんて入ってませんよ」
「うん、それは解る。キミどこかの貴族出?」
「いいえ。一般市民です」


随分と質の高い教育を受けてきたものだ。
思いながら食事に箸をつける。
うん、味もそこそこ好ましい。
独り暮らしでもして磨かれたのだろうか、まあ僕等吸血鬼よりはだいぶ質がよかった。

思いながら、彼を見ていれば首に包帯を巻いていて。
重傷ではないのだろうが、包帯で隠す程度のものであるといえば
シュンに吸血された後なのだろうか。
そういえば、僕もここに来てから一度しか吸血してない。そろそろ腹が減りそうだ。


「………………」


思い、考えを改める。
いくらシュンが噛んだとはいえ、傷の範囲が広すぎるのではないだろうか。
首を噛んだ痕を隠すのなら、横は致し方ないにしても
縦はあんなに巻かなくていいはずだ。

箸を持つ手を止め、彼を見ていれば
気が付いたのだろう彼が僕を見据えて口を開いた。


「……あなたも欲しいんですか、血液」
「まあ、そろそろだとは思うけど。キミいつシュンに吸血された?」
「昨日です」
「ならまだ貧血気味なんじゃないの」


そんなに大量に飲むわけではないが、ニンゲンの女だったら一日程度は寝込む。
まあ彼は男な上に本職が退魔師、慣れてはいるのだろうがそれにしても。
それに彼は答えず、やることが終わったのか空いた席に腰を下ろした。


「にしても、キミ結構勝気だね。僕に吸血したいか聞くとかさ」
「聞いただけです。あげるとは言っていない」
「力量的には僕が勝つと思うよ?」
「………別に、それならそれでもいい」


おや、少々自暴自棄な言葉だな。
自分が四ツ星だということは忘れてしまっている……わけではないはずだが。
それだけ心を揺らしているのだとしたら、放っておけない世話焼きが僕なのである。

なんかこのニンゲン、気になって。放っておけないというか。


「言うね?僕に吸血されたらどうなるかわかってる?」
「抱かれたくはない」
「wwww言ってること矛盾してるよ?wwww」


自分の身体がどうでもいいのかと思いきや、そうでもないらしい。
この状況でもシュンが好きだというのなら、止めはしないが。
多分、シュンは彼に振り向くことはない。

なんといっても、一度目の女が最悪であったから。
見目のお蔭で、彼は散々裏切られ傷付いた経験を持っている。
あいつは多分、ニンゲンを全く信用していない。
それは何か大きなきっかけがなければ一生変わらないだろう。

なんでそんなやつに惚れてしまったのか、全く不運なニンゲンである。


「……わかった。襲ってほしい?」
「暖炉の灰で埋めて差し上げましょうか」
「それはやだなwwwww鼻がつらいwwwww」


山になるほど灰があるのかは疑問だが、そこには触れず率直に御免だと告げる。
まったくツンだな、シュンにはデレなのに。
僕にもデレてくれないかなあ。
思っていれば、彼が苦笑いを浮かべた。


「……あなた、吸血鬼らしくないですね」
「よく言われる。おかしい?」
「いいえ。間抜けに見えます」
「wwwwww散々な言われようだよwwwwwww」


これはひどい毒舌である。シュンにも負けない逸材だ、束になられると恐ろしい。
えー、と小さくブーイングを返してやれば、それにまた彼が笑った。


「……気が抜ける」
「和む?ありがとう!」
「誰がそんなことを言いましたか」


まったく変な吸血鬼だな、と揶揄される。
その表情がとても明るくて、ああもっとその表情を浮かべていればいいのにと思う。
シュンの事を考えているときの彼は、大体沈んだ表情をしている。
まあ、状況が状況なだけに仕方がないとは思うが。可哀想だとは思う。

打算塗れなニンゲンが大半を占めているこの世の中で、
彼のシュンへの想いは類を見ない純粋さだった。
純粋故に脆く、何の影響でも受けてしまう。


「……まあ、ボクに遠慮することはないです。
 二ツ星以上はそんなに見つからないのでしょう?」
「犠牲精神ってやつ?初対面なのに優しいね」
「シュンが散々不味いと言っていましたから。
 ……不味いものは、嫌でしょう」


言いながら、少し俯いた。
どうやらシュンという言葉を発するだけでも今の彼には毒のようだ。
それを見て居たたまれない気になりながら、
折角そこまで言ってくれるのだからと断る理由がなくて。

頬をかきながら、じゃあまあ腹が減ったら……と返した。


「僕に抱かれたくないんだったら、買出しに行ってこないと」
「買出し?」
「四ツ星は、僕に噛まれることで催淫作用を発症する。
 ……僕が噛まなければいい話だろ?」


そう言えば、彼が意味を理解したのだろう何も言ってこなかった。
そう、僕が彼に噛まずに吸血しようと思うと採血するものが必要になる。
ニンゲンの世界では注射器だったか。あんなかんじのものがあればいい。
多分、シュンが以前とっていた方法でもそういった運搬方法をしていたはずだ。


「……あなた、ニンゲンに配慮する珍しいタイプなんですね」
「そうそう。媚を売ってるんだよー」
「自分で言ってどうするんですか」
「旅してたらこうなるんだよー」
「冗談は顔だけにしてください」


ツッコミが結構手厳しい。けれどおもしろいから僕的には問題ない。
いやいや僕フツメンだからーと返せば、それ以上返さず薄ら笑顔を見せた。

ああ、このニンゲン笑ってる方が似合ってるのにな。
まったくシュンは、そういうところが無頓着だから。
もっとさ、笑って過ごせる環境をつくってあげればいいのに。

僕が話しかければ彼はこうして笑ってくれるんだろうか。
思いながら、また軽口を吐いて彼に手厳しい言葉を返されるのループを繰り返していた。