こいつら手がかかる奴等だなあ、と思いながら。
僕に向けられる武器を、術で砕いてやった。



*



金属が破砕する音が響く。
今しがた砕いてやった彼のレイピアの音である。
それに彼は舌打ちをしたが、双剣である故にもう一本が再び僕を狙ってきた。

さすがに二本も壊せないなー、一本でも彼の怒りを喰らっているだろうに。
そう思いながら、今度は右腕を間にさしこむ。
同時に、右腕に気術を付与。筋細胞に別元素による働きをかけ、硬度を増強。
鋼程度には硬くなった腕が彼の武器を止めた。

その隙に僕に蹴りかかってきた彼を左手で受け止め、その隙に脚で彼を蹴り上げ
浮いた彼を追い打ちで回し蹴りし天井まで吹き飛ばした。
受け身はしっかり取ったのかダメージを喰らわなかった彼が、
天井でターンし勢いを加速、重術を付加し突進してくる。

性格がよく表れる戦術だよなあ、と思いながら横へ避ける。
勢いのままに床に刺さった武器を瞬時に引き抜き、一歩下がった彼が術を行使。
広範囲の中級術で僕を狙ってくるが、僕が上級術で相殺、余ったエネルギーが彼を襲う。

それを彼が回避したので、反対側にも術を追い打ちで放ってやる。
もう一発、更に一発と連続で放って彼を追い込み、四方の隅においやる。
さすがに分が悪いのは理解しているだろうから、彼も眷属か何かで防御してくるだろう。

えーっと、このあたりに生息しているもので一番硬いやつってなんだっけ。
思いめぐらせながら彼を追い込み、計算し終わったので術を準備する。
彼は防御術を持っていない。眷属は確かに硬いが、僕の術よりは柔い。
少々唱えるのに時間がかかるので、それまでは無詠唱追撃で遊んでいてやろう。


(あ、焦ってる焦ってる)


僕が詠唱を始めるというと、上級以上の大型技であることを彼は知っている。
懸命に追撃と追い込みから逃れようとしているがそんなものを許す僕ではなく、
着実に追い込みながら詠唱を遂行していく。

自棄になったのか彼が無詠唱追撃を眷属で防御して追い込みから逃げようとするが、
残念、僕にだって策があるので逃がしはしないし、詠唱はもう完了同然である。

術を放ち、手加減はしたものの結構なダメージを喰らった彼が短く声をあげて床に倒れた。


「ふー、僕の勝ちだねー。お疲れ様w」
「……………痛い」
「手加減はしたでしょ?動けなくはしたけど」
「痛い」


再度痛いと言うからに、彼はまだ僕を許してはくれていないようだ。
まったくこいつは、鈍いうえに解りづらくて解ってくれないやつだ。最悪じゃないか。
それでも相手してしまうのは、やはり幼馴染ということもあるからだろうか。
裏方でもやって手を添えてやりたくなるのだ。

この間の件で僕を襲撃してきたのは解っている。
無論、そう仕向けたのは僕である。あの場にシュンが居ると解っていてやったのだから。
まあ丁度吸血しないといけない程度には腹が減っていたのでついでであったのは否めないが、
本当なら僕が彼を抱くのではなく、シュンの前に放り出してやろうと思っていたのだ。

けれど、どうにも彼の気配が苛立っているように感じられたので。
なんでそこまで嫉妬しているのに気付かないのかなあと内心苦笑していた。
言えばいいのにな、きっとマサだって「俺のだ」とか言われたら嬉しいだろうに。

ということで、負けてやるつもりもなく彼を床に転がしたわけだが。
いい加減気付いたかな、こいつは。聞きだしてやろう。


「で?なんで襲ってきたのかな」
「むかついたから。いつものことだけど」
「それはそれはw何にむかついたんだい」
「………………」


おや。言わないのか。
解らないのか、言うのを躊躇っているのかは知らないが。
全く強情というか鈍いというか、今までの女達にもそうだったがこいつ恋愛に鈍すぎる。
客観的な視点で気付いても、そこで止まってしまうのだ。

別に、進化させろとか言いたいわけではない。彼だってその代償は知っているはずだ。
ただ、その好意があからさまに本音であるマサに対してまでその扱いは
些か残酷であると僕は思う。

一度目の裏切り行為をまだ根に持っているのかは、知らないが。
まあ、あれもあれで結構酷かったしなーと思うと、自然なのかもしれないが。
兎にも角にも、両者の意見を知っている以上僕は見過ごせなかった世話焼きなのである。


「……………シン」
「なに?」
「お前、俺がいることに気付いててあいつ抱いたんだろ。
 お前ニンゲンを愛せる訳?」


気付かれていることには勘づいていたようだ。
僕なら愛してあげるよと言ったやつのことだろうか、それなら僕は本当なので肯定を返す。


「なんで」
「マサだから」
「意味がわからない」
「彼、感情は表にあまり出さないけど、好意は結構表に出すでしょ」


言えば、彼は返事をしなくなる。うん、解ってるってことだな。
天井を仰いだまま表情を動かさない彼が、何を想っているのか。
これって恋愛相談になるのかな。ついに僕も親友の悩みを聞く年齢になったのか!
なんて、心の中だけで溌剌しておく。言ったら睨まれるのは必至である。


「好意なんてどんなニンゲンも見せてくる」
「お前美形だからねww
 でも、そういうやつが見てくるところって顔だろ」
「そうだな」
「彼が見てるの、顔じゃなくてお前だって解ってる?」
「………………」


黙るのは癖なのか、もういいからさっさと認めてしまえよと言いたい。
確かに、シュンにその気がないのなら僕だって手は添えない。それは操作だ。
操作がいかに無為なものであるかなど、僕は瞳のお蔭で知っている。
だが、この二人、両想いな割にくっつかないから問題なのである。

マサは自分の想いを告げない。ニンゲンだからと諦めてしまっている。
シュンは自分の気持ちに気付いていない。ニンゲンだからと理解しようとしない。
互いに互いを好きだと示しているのに、誤解が齟齬を起こしてしまっているのだ。
傍から見たらもどかしいばかりである。さっさとくっつけ。

初対面のあの時から僕ですら気づいているというのに。
あの時、シュンは確かに固まっていた。瞳孔を見れば一目瞭然である。
外見でなく、本質を好いて自分を呼ぶマサの声に気付いたのだろう。
なのにそこから足踏み状態。自己洞察がヘタ過ぎである。


「解ってないのならお前、ひどいやつだよ」
「………………解ってる」
「本当に?」
「抵抗しないもん、あいつ」


ああ、それはどうやら本当に解っているようだな。
じゃあ何故そこから進まないのか皆目見当がつかないのだが。
まったく、長年の付き合いがある僕にわからないのにマサに解るわけもない。
伝えるという手段を省いてしまうのは男の悪い癖なのだろうか。


「まあ彼のことは置いておこう。お前はどうなんだ」
「何が」
「好きなの、嫌いなの」
「………………」


ストレートに聞いてやれば、黙り込んだ。
言えよwwお前本当に自分の気持ちに疎すぎて僕は涙目だwww
相手がニンゲンでも、僕は誰かを愛せるお前がいることに随分嬉しいと感じているのに。


「……………楽しいとは、思ってる」
「そう。彼が強いから?」
「………………」


それだけではないとは解っているらしい。お前どこで止まってるんだ。
仕方ないから自己洞察を手伝ってやろう。全く、お前じゃなかったら僕は手伝わないんだぞ。


「………シン」
「んー?」
「お前、むかつく」
「wwwwwwwwいきなり散々なこと言われて傷付いたよwwwww」


またどうして、と聞けば少しの間彼が黙り込んだ。
苛々しているのを言葉で吐き出そうとしているのだろうということは解っているので、
逆撫でしてやることにして。
再び彼が口を開いたが、ほぼ八つ当たり状態の語調で吐き出した。


「アレは俺の三ツ星なの。勝手に喰うな」


そこまで言っていて本当になぜ。呆れを越えて笑えてきた。
はー、難儀なやつだ。どう言ってやれば自分の気持ちに気付いてくれるのか苦慮する。
操作系だからといって、僕は心操作が得意なわけではない。難しい。
だからこうやって相手してやっているのだけれど。


「へえ、お前が何かに執着するなんて珍しいね?」
「……………別に。自分の餌なんだから当然だろ」
「じゃあ、僕以外のやつが食ったらどう思うんだい」
「殺す」


嫉妬してるじゃないかwwwwwww
もうわけがわからないくらい笑えてきた。我慢するのに必死である。


「自分だけが食べていい?」
「そうだな」
「自分だけのマサだと?」
「………………当然」


おお、ここははっきり言った。よしもう少しだ。
なんて、操作になってないか心配しつつ彼に吐き出させる。
うーん、大変面倒くさいやつだ。僕も含めて。
でも、シュンだから世話を焼いてやりたい自分をあまり後悔はしていない。


「じゃあ、マサがシュンを本当に嫌ってたらどうする?」
「殺す」
「今までの女みたいに?」
「アレは棄てた。………マサは逃がさない」


棄てたのか。そういえば死骸が転がっていたことはなかった気がする。
無残な女共が随分可哀想な気もするが、打算が入っていたのが大半なので同情も切り捨てる。
マサに至るまでの土台だったのだと思えば、僕もそこまで執着しようとは思わない輩だった。


「逃がさないの?」
「………………」
「じゃあ、盟約の儀をしてでも離さなければいいじゃない」
「………………」


それにも彼は無言で。
何をそんなに迷っているのか。
首をかしげていれば、独り言以下の声でぼそりと呟いた。


「………のに」
「なに。聞こえない」
「ずっと、利用するもの扱いしてきたのに。今更……」
「ああ。お前酷かったもんね」


徹底していたというのか、散々だったというのか。
見ていてマサが可哀想なくらいだった。
吸血鬼の僕でもそう感じるくらいだ、これは大した冷血ぶりである。

それをずっと気にして自分の気持ちを抑えてきていたというのか。
解らなくはないが、はっきりいって阿呆だ。
まあ、恋は色んなものを見えなくするから仕様がないかとは思うけれど。


「………………」
「ねえシュン。マサって最初どんなだったの」
「? 押し掛けてきたけど」
「なんで押し掛けてきたんだい」


それを聞けば、森で出会って三ツ星だったから使ってやって、
数日経った頃に唐突に現れて戦闘繰り広げた末に住ませろと言ったらしい。
これはこれは、随分勝気な姫だ。自分の感情がどこに向いているのかよく理解している。

そんな存在相手に、何を遠慮しているんだこいつは。
まあ正直こいつは誰かを好きになったことがないので、解らないのだろうが。
心配しすぎるより、当たって砕けてしまえばいいのにと思う。


「そんなに心配するならさ、確認してくればいいんじゃない」
「………………」
「シュンの胸のわだかまり、全部取り払ってこいよ。
 そうしたらどうしたいか決まるだろ」


言ってやれば、彼が目を伏せて考える仕草をした。
数秒そのままで、再び開いた瞳は迷いより決意を秘めていて。
ああ、そうそう。決めてしまえよ。そうしたら腹も決まるだろ。
お前本当に面倒くさいよww

心の中で嘆息と安堵を浮かべていれば、少し回復したのか彼が身を起こした。


「………そうだな」


言った彼に、笑みだけ返してやりながら。