空を見上げた。
茜色の空が、僕を橙に照らしている。



案ずるよりもなんとやら
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soprattutto semplice




毎年この日は彼と過ごしていた。
僕の心に蟠るこの日に、影を落とさないようにと
必ず彼の方からけしかけてくるのが定番だった。

彼は言う。
ありきたりな言葉だけれど、瞳に誠意を籠めて。
僕はその瞳を直視したくないのに、彼が許してくれないから。
いつだって、逸らせなくて口籠りながら返答をしていた。

今になって思う、
彼が許してくれないからではなく、
無意識のどこかに、それを望んでいる自分が居たのではないかと。


(今になっては確かめようもないね)


僕はバルカヴィルについた身だ。
パンドラ側の者とは相対する立場である、
もはや毎年恒例など通用するわけがない。
それでも洩れる溜息に、我ながら自嘲する。

僕は、運命と彼から逃げてきたのだと。

好いているのは変わらない。
ただ、自分の抱える負の感情に勝てず、結果彼に背を向けた。
彼が悪いのではない、悪いのだとしたら間違いなく僕自身である。

逃走の果てに得る一時的な休息は、安堵とは違うものだと
理解しているというのに。


「………なんか、今日が暇って調子狂うなあ……」
「おや、主人は放置なんですカ」
「誕生日くらい気楽に過ごしていいよって………
 …………………」
「そうですか、それは気の利くご主人様ですネェ」


普通に返答をしてしまったが、おかしいことに気付き停止する。
そんな僕を見ざる聞かざる、都合よく流しながら
声の主はテーブルの下の影からひょっこりと姿を表した。

僕はいきなりのことにただただ呆然とするばかりで。
そんな僕の反応に彼はにんまりと笑い、
どこに隠しているのか、握った手の隙間から花束を出し始めた。
握っていた割に花が折れていないのが最大の謎である。


「ハッピーバースデイ、ヴィンセント」
「…………………」
「いつもはあなたの身分上、豪華めな花束を用意していましたが
 今年はそうでもないので、控えめなものをたくさんつm」
「何しに来たの……?」


言えば、彼がきょとんとした表情を浮かべた。
かくいう僕は彼から目を逸らし、そっぽ向いていて。
どこまでも纏わりつく自虐心が、僕を追い立てる。

しかし、そんな僕のことなどお構いのない彼は
再び笑みながら口を開いた。


「毎年恒例のお誕生日会をしに」
「去年と状況が変わってるのに?」
「それがどうかしたんですか」


まるで軽んじるような声。
彼に背を向け、我慢ばかりしている僕に対する嘲りのようで。
彼に怒りすら覚えながら、睨みつければ
やっぱり彼は笑顔のままで。


「あなたと僕は敵じゃないか」
「今のところはそうですね。だから?」
「あなた馬鹿なの?」
「ええ、馬鹿ですね。それで?」


にこにこ、にこにこと。
不気味なまでに笑い続ける彼に、段々と
怒りより混乱が強くなってくる。

さっきから、彼が最後に問いかけてくる意味がわからない。


「疑問点はそれで終わりですカ?
 では、お食事に行きましょう」
「なんでそうなるの」
「お誕生日ですカラ」
「………僕は自分の誕生日が嫌いなんだ、
 放っておいてよ」


自分の誕生日など、忌まわしき日以外の何物でもない。
僕が生まれてさえこなければ、
そんな思いに苛まれている僕が、自分自身を祝えるわけがなくて。

彼の手を一度叩いたが、それでも彼が再び手を握ってくる。
呆気にとられながらも数度はたき返すが、同じ回数握り返される。
段々ギャグチックな空気になりながら、
同じ動作をもう暫くつづけ、最終的に僕から止めた。


「………あなた、しつこいね?」
「当然です。
 祝いに来ているのですから退く理由がありまセン」
「放っておいてって言ってるじゃない」
「なぜ?」


その問いに、話がループしている感覚に陥る。
いつもなら説明もせず退席するのだが、
彼がそれで退く性格ではないことは充分に知っている。

頭を抱えて言葉を選ぶが、どうにも浮かばず。
無言でいれば、彼の方から再び言葉を繋げた。


「ワタシがあなたを諦めるとでもお思いですか」


……一瞬、思考が固まった。
その言葉に、ようやく先ほどの疑問が明白になる。
彼が聞いていたのは、僕の理由ではない。
自分が退かねばならない理由だったのだと。

状況が変わっても会いに来る。
敵だとしても関係ない。
どんな理由や言い訳を並べたとしても、
彼は僕を好く感情を変えるつもりはないと言い続けているのだ。

僕が目を見開いて彼を見つめていれば、
ようやく視線が合ったとばかりに彼が嬉しそうに笑む。
そのまま抱き締められ、狼狽しきっている僕は思考が追いつかない。


「好きだから会いに来ました。
 あなたの誕生日だから祝いにきました。
 それ以上に何か必要ですか」
「…………………」
「それともアレですか、ギルバートに祝われたいんですか。
 妬みますヨ」
「………………。」


なんでそっちに話がシフトしてしまうのか、
彼のことながらさっぱり理解ができず雰囲気が崩壊した。
なんだか一々ウジウジしているのが馬鹿らしくなってきて、
もういっそ馬鹿になりたいとさえ思う。

彼を拒む元気を失くしたので彼に寄り掛かれば、
自然な動きで彼が僕を受け止める。
いつも感じていた、安堵感がわきあがってくる。


「僕ね……誕生日嫌いなんだよ」
「そうですか」
「………ザクスは、好きなの?」
「誕生日という概念はどうでもいいですネェ。
 ワタシはオズ君ほど若い思想を持っていませんカラ」


青少年はいいですネェ、感謝だとかなんとか言えて。
なんて、中年アピールをしているが照れくさいだけなのだろう。
ただ、ひとつそれに近いものを言うのであればと彼が続けるので
何かと思って顔を上げれば、額に口付けられた。


「あなたが今日という日まで生きてきたことに感謝します」


言い、「ハイ花束」と渡してくる彼。
薔薇より小振りなスターチスが、静かに揺れていた。





(で、結局あなたにとって誕生日って何なの?)
(あなたに会う口実)
(………ひどくない?)
(生まれてきたことに感謝してどうするんですか。
 生きてることに感謝しないと。
 つまりあなたに会わないと)
(最後がつながってないよ)

2012.09.23