ねえ、トキオ

僕の檻を抜け出して、
きみに会えるかもしれない





きみが隣にいない
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Pendant que juste un pouce






「いやー、参った参った」


そう言いながらため息をつき、カウンターへ座るフリューゲル。
グランホエール内のシックザール部屋に、それはやけに大きく響いた。


「本気のメトロノームは怖いねえ。
俺まで被験者にされちゃってさあ」


俺じゃちょっとばかし違うんだけどねーなんて愚痴っている。
それでも、不満なわけではないらしく雰囲気は重くない。
ただ単に、フリューゲルの怠慢な性格が滲んでいるだけだった。


「なんの実験をしてたの?」
「んー。
俺の場合は、トキオへの影響が出るかどうかだな」
「トキオへの影響?」


聞き返せば、僕が実験の内容を知らないと気付いたらしく
簡単に説明をし始める。


「お前さんがあちらに行くのなら、生身の方がいいだろう。
そうすると情報体のお前さんは維持が難しく、定着が不安定になる」


人間と組成式が違うと、維持バランスが不完全になるらしい。


「だから、メトロノームはトキオの特異体質に目をつけて
お前さんの生体形成の式を練ったんだ」


人間の生体情報なんか、たかが知れてるからなと呟き。
めんどくさそうな表情の彼は、頭を掻いた。

医療倫理に反するんじゃないんじゃないの、と言ってからかってみるものの、
『魂』のある僕を新たに生成するので、問題ないらしい。

…バレなければ。
笑いながら言うこいつは本当に医者なのだろうか。


「で、その起動要件を組み込んだプログラムをトキオに保有させる必要があるんだが
有害無害の確認のために俺が使われたってワケ」


どうだ、俺がんばったろ!?と、何かを求められる。
とりあえず笑顔と無言を返しておいた。

プログラムが必要ということは、今のところ単一では具現化できないということだろう。

僕の反応に興味をなくしたらしい彼は、のんびりと話を続ける。


「まあ、俺よりガイストの方ががんばっちゃってるんだけどね」


存在条件だの安定性の式だの、そんな実験で何度かロストしたからねー、と遠い目でいう。
生身の人間では復帰できなくとも彼ならできると無茶振りされているらしい。

瞬きくらいの時間だけ、同情した。


「…ま!
進んでるってことだよ」


少年が戻ってくる前に完成させたいよねーと独り言を言い、少し伸びをして去るフリューゲル。

その背中を見送り、僕も廊下に出る。
グランホエールの窓から見える景色に、浮かぶのはやっぱり彼の姿。


「もう少しだよ」

「たぶん」





(おかえり、どこ行ってたのヨ?)
(やっこさんとこ。)
(やっぱり好きな人は隣に置きたいみたいだね、イヒヒ)

2010.04.03