――おかしい。
「神代、ちょっと手が離せないから三脚とか用意しててくれないか」
「…わかりました」
叶先生は最近ずっとこの調子。
――すごくおかしい。
俺の知ってる叶先生は、いくら手が離せなくてもそれを置き去りにしてでもこっちへくる人だ。
それが原因で上司の先生方に怒られたのを見たりしたが、直す気配は微塵もなかった。
――なのに。
「遅れてすまないな、神代」
「いえ…」
おかしいのにいつも通りの爽やかな笑顔だけは不変で、なんだかわけのわからない気持ちになる。
避けているわけではないようだけど…。
じゃあこの違和感はなんだろう。
杞憂にしては明確だと自負してもいい。
聞くべきか少し迷ったが、ずっとモヤモヤするよりは聞く方がいいかな、と思い、聞いてみる。
ただ、少し言葉には配慮して。
「叶先生」
「なんだ」
「最近『手が離せない』が多い気がしますけど…どうしたんですか」
俺の質問の意味を解するや、先生は「ああ」と言って続けた。
「高階言っていたんだ」
「高階が?」
何を、と言うことなく、先生が続ける。
「好きなひととは一定の時間を空けるといいと」
「…………は?」
なんだそりゃ、と言いそうになるのをなんとかこらえ、その『高階の助言』とやらを整理してみる。
“一定の時間を空けるといい”
…とどのつまり、『先輩に近付く時間を減らせ』と言っているのではないだろうか、あいつの場合。
そうだと結構確信があるのだが、言われた張本人は事も無げにまだ続ける。
「一定の時間を空ける、という意味がわからなかったので、二見に聞いてみたんだ」
聞いたのか。
「そうしたら、
『あー、一定の時間?それはですねー、ずっと一緒とか、ずっと一緒に居られないより親密度が上がるってことですよ、多分』
と言われた」
二見…お前、わかっててやってんだろ。
つうか先生もその意見を鵜呑みかよ。
「神代ともっと仲良くなれるならやってみようと思ってやったんだが…おかしかったか?」
「…淋しかったです」
「そうか。ならやめる」
あっさりと止める発言。この先生、やっぱり子供っぽい。
でも、俺が先生の中で優先順位が高いってのは、悪くない、かな。