―――雪国、テノス。
記憶の場を探して各地を回り、たどり着いた北端の街。
そこは常に雪が積もっていて寒さが厳しく、ガラムとはまた違った過酷さがある。
それは多分、温室育ちのルカや温暖な地域育ちのイリアにも同じだろう。
…リカルドは澄ました顔で居るが。

「……暑ィ」

しかし室内は正反対にくそ暑い。
まあ、乾燥した暑さなので湿度の重苦しさはないのだが。
宿屋だから寒くないようにするのはわかるが…これは暑すぎる。
汗が出るわ喉が渇いて仕方ないわ、雪国とは思えない。
どこぞの知識豊富な聖女様は雪国らしいなんたらかんたらと説いていたが、疲れていたのではっきりいって聞いていない。
なので、この暑さに納得できずにいる。

(外は寒ィし中は暑ィし…
適温はねぇのかよ、テノスは)

そう心の中でぼやきながら、しかしどうにもならずため息をついた。
とにかく暑い。
しのぎになるとは思えないが、無意識に手で風を送ってしまう。

やることもなく、かといってこの気温で体力を消耗しているので散策する気にもならない。
ぼーっと窓を見て、外にちらつく雪を見たら少しは涼しくならないかと思った瞬間

何かがにょろりとぶら下がった。
紅くて長い、見たことのあるフォルム。

「やあやあ兄弟、ご機嫌麗しゅー?」

言わずもがな、ハスタである。
イントネーションに狂いがあるのはいつものことで。
逆さまで窓を上下に横切るようなその状態に、俺は言葉もない。
というか呆気にとられて何もでてこない。

「んーお返事がないピョロよ?
よい子ははぁいと元気よくお返事!はいリピートアフタミー」
「いや俺に求めるもの間違ってるからお前」

俺は純粋無垢な幼稚園児か。
17歳にもなってこの扱いをされ、ついツッコミを入れてしまう。
それに「そうかなァ〜?」とぼやくハスタ。

「俺的にはさわやかに挨拶するキミを想像したんだよん?
まるで豪雪に打たれて凍死寸前の仔犬のような!」

瀕死なのかよ。
つうかそれ挨拶じゃなくて助けを求めてるの間違いじゃねぇのか。

「それはさておき。
えーとスパーダだっけ?まあいいや
俺の骨が冷えそうだから入れてくれない?」

骨か。骨なのか。
ここは敢えて俺の名前スルーは気にしないが、何故骨か。
相変わらず意味のわからない言動に頭痛がした。
ちなみに、言いながらユラユラしているので言動である。

「却下」
「わぁーぉ一刀両断」
「お前にはちょうどいい。つうかいっそお前が凍死しろ」

酷いりゅん、と言いながら口を尖らせるハスタ。
ハタチを越えた人間がしても可愛らしくもなんともない。

「いいじゃんー
見たところ、暑そうにしてるじゃないデスカ。
俺の冷えた体を温めつつキミの熱は俺が貰いうけよう!」
「拒否。」

なんでそんなことをしてやらねばならないのか。
前世から因縁のあるコイツは、認めたくはないが俺たちより強い。
それが天候によって俺の目の前から消えるなら願ってもない。
俺自身の手でトドメは刺せないが、暑さでまいっている頭はもうそれでもいいという結論をはじきだしている。

「むむ。俺ピンチ?
そこを慈悲でなんとか!」
「楽にあの世にいけるだけ慈悲だと思え」

てこでも意思を変えない俺に観念したのか、ぶら下がりっぱなしで血が上ったのか、ひょいと窓から姿を消した。
ああ、やっとうるさいやつが消え…

「それでは今から窓をぶち割って部屋への侵略を決行いたしマスー。秒読みよーい、3―」
「!?」

窓を…ぶち破って?
そんなことをされたら窓ガラスの修繕費を払うのはこちらで、この部屋に泊まっている俺がアンジュから説教をくらう。
仮にルカが取り計らってくれたとしても、まず修繕費は俺持ちだ。
それだけは勘弁して欲しい…が三秒前である。窓を開けるには間に合わない。

「ちょ、待…っ!!」
「ぜろー。」

窓の外で俺の声が聞こえないのか、カウントダウンを完了したハスタが半円を描きながら突撃してくる。顔面から。
普通に事後のことをまったく考えていない。

ああもうだめだ、と思った。

―――べしッ

「いたい」
「………。」

少しばかり近かったのか勢いが足りなかったのか、雪国らしいつくりの窓はハスタの振り子重力による侵入を防いだ。
もちろん窓と接触した部分(額)はうっすらと赤くなっている。
…雪国の窓はハスタのデコより頑丈らしい。

「すぱちゃん、入れてー」
「………」
「入れてくれないと今度こそ壊して入るー
んで襲「わかった入れるからやめろ」」

結局は押し負け、俺はしぶしぶ窓を解錠する。
それを見てにんまりと笑むハスタ。

「わぁい、やっと許可が下りたりゅん☆」

バンザイ、とでも言いそうな素晴らしい笑顔で部屋へ入ってきた。
それを横目でやれやれと思いながら見やる。

と、窓を開けたことで入ってくる冷気が部屋を撫ぜた。
吹雪というわけでもないのでそんなに強い風ではなく、火照った体には涼風だった。
少しばかり暑さから逃れ、ふう、と息をついた。
同時に倦怠感も少し抜ける。

そして気まで抜いてしまった俺に、冷たい手がにょろりと絡みついた。

「!?ちょ…っ」
「スパちゃんあったかい〜」
「や、冷た…ッ」

前から抱き付かれた状態で、俺は無駄に背の高いハスタの腕にすっぽりと収められてしまっている。
さっきまで氷点下の寒空のもとにいたその体は冷えきっていて、腕は熱を持つ俺を懐炉代わりのようにして離さない。
体のどこが温かいかくらいは知っているらしく、背筋に寒気が走るような場所――首なんかに手をすべらせてくる。


「ちょ、やめ…ッ」
「嫌だぷー。
さっき俺に体温分けることが脳内裁判で一秒可決!」
「早ッ!?
ってか俺の意思無視…ッぁ、」

冷たい、と感じて反射的に目を閉じる。
それをハスタは見逃さず、冷たさから逃げようともがく俺の顎をつかんで上を向かせた。

俺は突然の行動に対応が追いつかず、そのまま唇を奪われる。

「ん…ッ!」

案の定唇も冷えていて、触れる手も冷たい。
それにもかかわらず俺の体温は上がり、ハスタは更に口付けを深くする。

「ん、…っは、」

ぬらり、と舌が無遠慮に口内に入ってくる。
体のほかの部分より熱を保持しているそれがうごめき、俺の舌と息を絡めとる。
どこで覚えたのか、巧みな動きに俺は為すがままで。
ただでさえ疲労していた心身は抵抗する力を失った。

それを見計らってか、ようやくハスタが離れた。

「ふふふ、俺の熱い口付けにメロメロだね☆」
「……っ黙、れ」
「呂律回ってないピョロよ?」
「……ッ!!」

つくづく痛いところをつく。
キスに酔ってしまったなんて口が裂けても言えない…しかし見抜かれている。
…まあ、相当息が上がっているのでバレバレなのだが。
ぶすっ、と膨れっ面になった俺を見てくすくすと笑い、改めて俺を抱きなおす。

「スパちゃんあったかい」
「…言ってろ」
「だいすき。」

そう言って殊更強く俺を抱きしめる。
体温が完全に戻っても離さないだろうその男に、俺は身を預けた。




Per favore lo scaldi
      暖めてください





製作 2008.05.29
掲載 2009.02.13
再録 2011.01.29