人には何故理性というものがあるのだろう。レックスと姉さんを敵に回した夜、僕はそう思ったことがあった。

理性があるから、他人の心なんて分からない。わかるはずがない、隠しているのだから。
表情でそれを探ろうとしても、感情は常に多重に面を出していて、どれが本物かなんてわからない。

現に、そのときの姉さんの表情は複雑極まりなかった。
驚愕、疑惑、悲哀…見てとれるのはそのくらい。何を考えているのかなんてさっぱりだった。

しかしどうだろう。僕が長年わからないと思ってきた他人の感情を、綺麗さっぱりにひとつにした人間がいる。僕には向けられたことのない、純粋な『怒り』を、僕に対して。

あぁ、僕もキミみたいに素直に感情を表せたら良かったのに。
いつも理性は言いたいことを抑制して、言いたくないことを剥き出しにして。いっそ言いたいことも剥き出しにしてくれたら良かったのに、と。
そう羨むが、光景が霞む。もう意味をなさないだろう。


怖かった。

苦しいのが、死ねないのが怖かった。

ひとりでいるのが怖かった。

迷惑をかけるのが怖かった。

嘘がバレるのが怖かった。

僕は臆病だから。差しのべられる手さえも怖かったんだ。

たくさんの『怖い』でも、ただ一言。
弱音のように『怖い』と言えたなら、キミはきっとそれを和らげてくれたのだろう。

でも。今は不思議と怖くないんだ。
苦しいのに。
死にたくないのに。

それはきっと、僕に手をさしのべ続けてくれたキミを、護りたいから。




***
近くでずっと僕を見つめ続けた存在に。